長短経 / 覇図
自兹厥後、獫狁孔熾、封豕長蛇、重窺上國、而世故相仍、師出已老、角城髙壘、指日淪䧟公眷言王事、發憤忘食、躬擐甲胄祖險若夷、分疆畫界、開創青兖此又公之功也。
新字:自茲厥後、獫狁孔熾、封豕長蛇、重窺上国、而世故相仍、師出已老、角城高塁、指日淪陥公眷言王事、発憤忘食、躬擐甲胄祖険若夷、分疆画界、開創青兗此又公之功也。
書き下し
茲れ自り厥の後、獫狁孔だ熾んに、封豕長蛇、重ねて上国を窺う。而して世故相い仍り、師出でて已に老ゆ。角城の高塁、日を指して淪陥す。公、王事を眷言し、発憤して食を忘れ、躬ら甲冑を擐き、険を祖ること夷きが若し。疆を分かち界を画し、青兗を開創す。此れ又た公の功なり。
現代語訳
これ以後、北方の異民族がはなはだ盛んになり、大猪や長蛇のような者どもが重ねて中国をうかがった。しかも世の事故が重なり、軍は出たまま老いてしまった。角城の高い塁は、日を数えるほどで陥落しようとしていた。公は王室の事を思い、憤って食事を忘れ、自ら甲冑を身につけ、険しい道を平地のように越えた。境を分け界を画し、青州と兗州を開き創った。これもまた公の功である。
解説
軍は出たまま老いてしまった、という一句が重い。遠征が長引き、兵も将も疲れ切っている状態です。そこへ自ら甲冑を着けて出た。上に立つ者が自分で装備して出向くことが、疲れた組織を動かす最後の手段になります。険しい道を平地のように越えた、という誇張の裏に、実際に先頭を歩いたという事実があります。言葉で叱咤するより、装備を身につけて出るほうが早い場面があります。
この章句が説くこと
覇図蕭道成九錫遠征疲弊率先
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