長短経 / 覇図
立太子義符〔是為滎陽王。即位昏亂、司空徐羨之輔政、廢為滎陽王。〕廢、立冝都王義隆〔是為文帝。帝、髙祖第二子。為太子劭所殺。初、劭及弟濬並多乖禮度、懼上知、乃為巫蠱咒咀。帝聞之、大怒、將廢劭而殺濬、更議所立。持疑未定、以事語濬母潘淑妃。以告劭、劭悖凶、乃弑帝於合殿、劭即位也。〕弑立武陵王駿〔是為孝武皇帝。文帝第三子也。劭弑帝、駿起義兵、至京誅劭。〕崩、立太子子業〔是為前廢帝。帝凶悖、左右夀寂之殺之。〕崩、立湘東王彧〔是為明帝。文帝第十八子也。孝武諸子、江州刺史晉安王勛、尋陽王子房等並舉兵反、皆征平之。〕崩、立太子昱〔是為後廢帝。在位凶悖、常欲殺楊玉夫、玉夫懼。是夜七夕、令玉夫伺織女渡報已王敬則先與玉夫通謀、玉夫候帝眠熟、遂斬之、送首與齊王蕭道成也。〕崩、立順帝準〔是為順皇帝。明帝第三子也。、〕遜位於齊蕭道成、凡八代、六十年。
新字:立太子義符〔是為滎陽王。即位昏乱、司空徐羨之輔政、廃為滎陽王。〕廃、立冝都王義隆〔是為文帝。帝、高祖第二子。為太子劭所殺。初、劭及弟濬並多乖礼度、懼上知、乃為巫蠱咒咀。帝聞之、大怒、将廃劭而殺濬、更議所立。持疑未定、以事語濬母潘淑妃。以告劭、劭悖凶、乃弑帝於合殿、劭即位也。〕弑立武陵王駿〔是為孝武皇帝。文帝第三子也。劭弑帝、駿起義兵、至京誅劭。〕崩、立太子子業〔是為前廃帝。帝凶悖、左右寿寂之殺之。〕崩、立湘東王彧〔是為明帝。文帝第十八子也。孝武諸子、江州刺史晋安王勛、尋陽王子房等並舉兵反、皆征平之。〕崩、立太子昱〔是為後廃帝。在位凶悖、常欲殺楊玉夫、玉夫懼。是夜七夕、令玉夫伺織女渡報已王敬則先与玉夫通謀、玉夫候帝眠熟、遂斬之、送首与斉王蕭道成也。〕崩、立順帝準〔是為順皇帝。明帝第三子也。、〕遜位於斉蕭道成、凡八代、六十年。
書き下し
太子義符を立つ。〈是を滎陽王と為す。即位して昏乱す。司空徐羨之、政を輔け、廃して滎陽王と為す。〉廃し、宜都王義隆を立つ。〈是を文帝と為す。帝は高祖の第二子なり。太子劭の殺す所と為る。初め、劭及び弟濬、並びに礼度に乖くこと多く、上の知るを懼る。乃ち巫蠱咒咀を為す。帝、之を聞きて大いに怒り、将に劭を廃して濬を殺し、更に立つる所を議せんとす。疑いを持して未だ定まらず。事を以て濬の母潘淑妃に語る。以て劭に告ぐ。劭、悖凶にして、乃ち帝を合殿に弑す。劭、即位するなり。〉弑して武陵王駿を立つ。〈是を孝武皇帝と為す。文帝の第三子なり。劭、帝を弑す。駿、義兵を起こし、京に至りて劭を誅す。〉崩じ、太子子業を立つ。〈是を前廃帝と為す。帝、凶悖にして、左右の寿寂之、之を殺す。〉崩じ、湘東王彧を立つ。〈是を明帝と為す。文帝の第十八子なり。孝武の諸子、江州刺史晋安王勛、尋陽王子房等、並びに兵を挙げて反す。皆な征して之を平らぐ。〉崩じ、太子昱を立つ。〈是を後廃帝と為す。位に在りて凶悖なり。常に楊玉夫を殺さんと欲す。玉夫懼る。是の夜七夕、玉夫をして織女の渡るを伺いて已に報ぜしむ。王敬則、先に玉夫と通謀す。玉夫、帝の眠り熟するを候ちて、遂に之を斬り、首を送りて斉王蕭道成に与うるなり。〉崩じ、順帝準を立つ。〈是を順皇帝と為す。明帝の第三子なり。〉位を斉の蕭道成に遜る。凡そ八代、六十年。
現代語訳
太子の義符を立てた。〈これが滎陽王である。即位して政治が乱れた。司空の徐羨之が政を輔け、廃して滎陽王とした。〉廃して宜都王義隆を立てた。〈これが文帝である。高祖の次男である。太子の劭に殺された。はじめ、劭と弟の濬はともに礼の度を外れることが多く、父に知られるのを恐れた。そこで呪いを行った。帝はこれを聞いて大いに怒り、劭を廃して濬を殺し、改めて後継を議そうとした。迷って定まらず、そのことを濬の母の潘淑妃に話した。それが劭に伝わった。劭は凶悪で、帝を合殿で弑した。劭が即位した。〉弑して武陵王駿を立てた。〈これが孝武皇帝である。文帝の三男である。劭が帝を弑した。駿は義兵を起こし、都に至って劭を誅した。〉崩じて太子の子業を立てた。〈これが前廃帝である。帝は凶悪で、側近の寿寂之に殺された。〉崩じて湘東王彧を立てた。〈これが明帝である。文帝の十八男である。孝武帝の諸子、江州刺史晋安王勛、尋陽王子房らがともに兵を挙げて反した。すべて征伐して平らげた。〉崩じて太子の昱を立てた。〈これが後廃帝である。在位中は凶悪だった。いつも楊玉夫を殺そうとしていた。楊玉夫は恐れた。この夜は七夕で、楊玉夫に織女が天の川を渡るのを見張って報告させた。王敬則は先に楊玉夫と通謀していた。楊玉夫は帝が熟睡するのを待って斬り、首を斉王蕭道成に送った。〉崩じて順帝準を立てた。〈これが順皇帝である。明帝の三男である。〉位を斉の蕭道成に譲った。八代、六十年である。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『長短経』覇図崩じ、太子徹立つ。〈是を武帝と為す。〉崩じ、子勿陵立つ。〈是を昭帝と為す。霍光、政を輔く。上官桀、光の寵を害い、詐りて帝の兄燕王旦の上書を為り、光、上林を行くに蹕を称し、又た私に校尉を調ぶと称す。帝、信ぜず。而して上官桀の詐偽の事、果たして発し、伏誅す。〉崩じ、武帝の孫昌邑王賀を立つ。〈賀は、昌邑哀王髆の子なり。即位二十七日、事に千一百二十七条有り。霍光、賀を廃して海昏侯と為すなり。〉廃し、武帝の曽孫詢を立つ。〈是を宣帝と為す。衛太子の孫なり。〉崩じ、太子奭を立つ。〈是を元帝と為す。〉崩じ、太子鷔を立つ。〈是を成帝と為す。政を諸舅王鳳等に委ね、同日に鳳の兄弟五人を拝して侯と為す。号して五侯と曰う。五侯、皆な政を専らにするなり。〉崩じ、宣帝の孫定陶恭王の子欣を立つ。〈是を哀帝と為す。即位六年にして崩ず。嗣無し。〉崩じ、帝の弟中山孝王衎を立つ。〈是を平帝と為す。帝、年幼くして王莽の為に酖せらる。崩じ、宣帝の玄孫嬰を立つ。是を孺子と為す。莽、嬰を廃して自立す。〉
-
『長短経』覇図崩じ、太子賾を立つ。〈是を世祖武皇帝と為すなり。〉崩じ、太孫昭業を立つ。〈是を鬱林王と為す。即位して無道なり。武帝の梓宮、渚に下る。帝、端門の内に於て辞を奉ず。輼輬車、裁かに閣に入るや、即ち湖伎を奏す。高宗、之を殺す。〉崩じ、弟昭文を立つ。〈廃して海陵王と為すなり。〉廃し、西昌侯鸞を立つ。〈是を高宗明皇帝と為す。始安貞王道生の子なり。即位して亟しば誅戮を行う。且つ疾に寝ぬること年を経たり。預め梓宮の故地の為に、高武の諸子を掃地して余す無きなり。〉崩じ、太子宝巻を立つ。〈是を東昏侯と為す。即位して凶暴なり。金花を以て地に帖り、潘妃をして其の上を行かしめて曰く「此れ歩歩に蓮花を生ずるなり」と。又た宮中に於て市を為し、自ら市吏と為り、潘妃を以て市令と為す。義師至り、左右の殺す所と為る。〉崩じ、和帝宝融を立つ。〈明帝の第八子なり。〉位を以て梁に禅る。
-
『長短経』覇図景帝崩じ、弟昭、代わりて相と為る。〈昭は字は子上、是を太祖文帝と為す。〉政を輔けて司空と為る。諸葛誕、寿春に拠りて反す。詔を奉じて征して之を平らぐ。蜀を伐ち、劉禅を擒にす。時に於て政は権臣より出で、人君は祭を主るのみ。魏帝、容るる能わず、自ら兵を勒して相府を攻む。太祖、長史賈充の計を用いて逆え戦う。舎人成済、魏帝を執え殺す。〈高貴郷公なり。名は髦、字は士彦。乃ち偽りて皇太后をして令を下して少帝を廃せしめ、又た罪を成済に委ね、其の三族を誅す。〉太祖崩じ、子炎、魏の禅を受く。〈炎は字は子安、文帝の太子、是を世祖武皇帝と為す。〉既に魏の禅を受け、羊祜・杜預の計を用い、呉を征して之を平らぐ。立つこと二十五年にして崩ず。太子衷立つ。〈字は正度、是を恵帝と為す。武帝の太子なり。〉
-
『長短経』覇図中領軍に遷る。蒼梧王、深く相い猜忌す。〈帝、昼に臥して裸袒たり。蒼梧王、数十騎を率いて直ちに領軍府に入り、帝を宮内に立たしめ、腹に画きて射の的と為し、自ら満を引きて之を射んとす。左右の玉夫、固く諫めて曰く「領軍の腹は大なり。是れ佳き射堋なり。而るに一箭にして便ち死せば、後に復た射る無し。骲箭を以て之を射るに如かず」と。一箭、臍に中たる。蒼梧、弓を地に投ずるなり。〉常に左右の楊玉夫に語る「織女の度るを伺いて我に報ぜよ」と。是の夜七夕、玉夫懼れ、千牛刀を取りて之を殺す。〈玉夫、王敬則と通謀し、蒼梧を殺す。首を賫して領軍府に送り、帝に報ず。帝、乃ち戎服して、夜に殿中に入る。明旦、袁粲等を召して計議す。粲、言う有らんと欲す。帝の鬢鬚尽く張り、眼光は電の如し。敬則、刀を抜きて跳躍し、衆を麾いて曰く「天下の事、皆な応に蕭公に決すべし。敢えて一言を開く者有らば、敬則の刀に染まらん」と。乃ち自ら白紗帽を取りて帝の首に加え、即位せしめんとして曰く「事は熱きに及ぶを須つ」と。帝、正色して曰く「卿、都て自ら解せざるなり」と。〉帝、乃ち順帝を迎え立つ。
-
『長短経』覇図晋帝、高祖に位を加えて相国と為し、百揆を総べ、揚州牧、十郡を封じて、宋公と為す。晋の安帝崩じ、大司馬瑯琊王即位す。帝を徴して入りて輔けしめ、位を宋に禅る。〈帝、表を奉じて譲を陳ぶるも、表、通ずるを獲ず。宋台の臣、進むを勧むるも、猶お許さず。太史令駱達、天文の符応を陳べて曰く「晋を按ずるに太白、昼に見れて天を経たるに至る。凡そ七占して曰く『太白、昼に天を経れば、人、主を更め、異姓興る』と。五虹、東方に見る。占じて曰く『五虹見れば、天子黜けられ、聖人出づ』と。九年、鎮星・歳星・太白・熒惑、東井に聚まる。十三年、鎮星、太微に入る。占じて曰く『鎮星、太微を守れば、王を立つる有り、王を徙す有り』と。黒龍四たび天に登る。易伝に曰く『冬に龍見れば、天子、社稷を亡い、大人、命を受く』と。漢は建武より建安の末に至る一百九十六年にして魏に禅り、魏は黄初より咸熙の末に至る四十六年にして晋に禅り、晋は太始より今に至る百五十六年なり。三代の揖譲、咸な六六亢位に窮まるなり」と。帝、乃ち之に従う。〉
-
『長短経』覇図恵帝、立つこと十四年にして崩ず。弟の豫章王熾立つ。〈字は豊度、是を懐帝と為す。〉長安に都し、劉聡の殺す所と為る。〈後魏の拓跋氏、晋の懐帝を以て雲中より雁門に入る。北に沙漠有り、南は陰山に拠る。衆は数十万。孝文に至り、乃ち拓跋を改めて元氏と為し、洛陽に都す。粛宗崩じ、大都督爾朱栄、荘帝を立てんことを謀る。栄、霊太后及び王公二千人を害し、荘帝を立つ。帝、爾朱栄を殺す。左僕射爾朱世隆、栄の部曲を率い、晋陽より京城を襲い、荘帝を執えて之を殺す。而して恭帝を立て、又た之を廃す。高歓、乃ち広平王の子修を知る。後に斛律斯椿の脅す所と為り、走りて関に入る。周の太祖宇文黒獺、帝を奉じて長安に都し、草萊を披きて朝廷を立つ。是を西魏と為す。