長短経 / 覇図
惠帝立十四年、崩。弟豫章王熾立〔字豐度、是為懐帝。、〕都長安、為劉聰所殺〔後魏拓跋氏以晉懐帝自雲中入雁門、北有沙漠、南據隂山、衆數十萬。至孝文、乃改跖跋為元氏、都洛陽。肅宗崩、大都督爾朱榮謀立莊帝、榮害靈太后及王公二千人、立莊帝。帝殺爾朱榮。左僕射爾朱世隆率榮部曲、自晉陽襲京城、執莊帝、殺之、而立恭帝、又廢之。髙歡乃知廣平王子修、後為斛律斯椿所脅、走入闗。周太祖宇文黒獺奉帝都長安、披草萊立朝廷、是為西魏。
新字:恵帝立十四年、崩。弟予章王熾立〔字豊度、是為懐帝。、〕都長安、為劉聰所殺〔後魏拓跋氏以晋懐帝自雲中入雁門、北有沙漠、南拠陰山、衆数十万。至孝文、乃改跖跋為元氏、都洛陽。粛宗崩、大都督爾朱栄謀立荘帝、栄害霊太后及王公二千人、立荘帝。帝殺爾朱栄。左僕射爾朱世隆率栄部曲、自晋陽襲京城、執荘帝、殺之、而立恭帝、又廃之。高歓乃知広平王子修、後為斛律斯椿所脅、走入関。周太祖宇文黒獺奉帝都長安、披草萊立朝廷、是為西魏。
書き下し
恵帝、立つこと十四年にして崩ず。弟の豫章王熾立つ。〈字は豊度、是を懐帝と為す。〉長安に都し、劉聡の殺す所と為る。〈後魏の拓跋氏、晋の懐帝を以て雲中より雁門に入る。北に沙漠有り、南は陰山に拠る。衆は数十万。孝文に至り、乃ち拓跋を改めて元氏と為し、洛陽に都す。粛宗崩じ、大都督爾朱栄、荘帝を立てんことを謀る。栄、霊太后及び王公二千人を害し、荘帝を立つ。帝、爾朱栄を殺す。左僕射爾朱世隆、栄の部曲を率い、晋陽より京城を襲い、荘帝を執えて之を殺す。而して恭帝を立て、又た之を廃す。高歓、乃ち広平王の子修を知る。後に斛律斯椿の脅す所と為り、走りて関に入る。周の太祖宇文黒獺、帝を奉じて長安に都し、草萊を披きて朝廷を立つ。是を西魏と為す。
現代語訳
恵帝は在位十四年で崩じた。弟の豫章王熾が立った。〈字は豊度、これが懐帝である。〉長安に都し、劉聡に殺された。〈後魏の拓跋氏は晋の懐帝のころ雲中から雁門に入った。北に沙漠があり、南は陰山に拠った。兵は数十万。孝文帝に至って拓跋を改めて元氏とし、洛陽に都した。粛宗が崩じて、大都督爾朱栄が荘帝を立てようと謀った。爾朱栄は霊太后と王公二千人を殺し、荘帝を立てた。帝は爾朱栄を殺した。左僕射の爾朱世隆が爾朱栄の部隊を率い、晋陽から都を襲い、荘帝を捕らえて殺した。そして恭帝を立て、また廃した。高歓は広平王の子の修を見出した。後に斛律斯椿に脅され、逃げて関中に入った。周の太祖宇文泰が帝を奉じて長安に都し、草を分けて朝廷を立てた。これが西魏である。
解説
この章句が説くこと
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『長短経』覇図恵帝は慧ならず。妃の賈充の女、皇后と為る。后、権を秉り、楊駿を殺し、太后を廃す。〈賈后、淫妬にして姑に遇うに礼無し。乃ち詐りて太后の父楊駿の反するを誣い、帝をして之を誅せしむ。太后を金墉城に廃し、之を餓え殺す。〉太宰汝南王亮・太保衛瓘を誅す。〈亮・瓘、並びに名徳を以て政を執る。后の意、行わるるを得ず。乃ち帝の弟楚王瑋をして、詔を矯めて亮・瓘を誅せしめ、因りて又た瑋を誅す。〉楚王瑋を戮し、太子遹を殞とす。〈賈后、子無し。乃ち詐りて娠有りとし、賈謐の子を養いて太子と為す。遹は、宮人謝氏の生む所なり。少くして聡慧なり。賈后、之を悪み、太子を譖して、之を金墉城に廃し、又た小黄門を遣わして太子を殺す。〉趙王倫を用いて相国と為す。倫、司空張華・僕射裴頠の正直なるを悪み、詔を矯めて之を誅す。倫、遂に帝位を簒う。是に於て斉王攸の子冏、帝の弟成都王穎等と、義兵を起こして倫を誅す。穎、是に於て鄴に鎮す。并州刺史東瀛公騰・安北将軍王浚、又た兵を起こして穎を討つ。穎敗れ、天子を挟みて南のかた洛に奔る。後、恵帝復位す。帝の弟長沙王、又た冏を譖して、之を誅す。是に由りて戎狄並び興り、四方阻乱し、遂に分かれて三十六国と為る。
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