長短経 / 覇図
惠帝不慧妃賈充女為皇后、后秉權、殺楊駿、廢太后〔賈后婬妬遇姑無禮、乃詐誣太后父楊駿反、使帝誅之、廢太后於金墉城、餓殺之。、〕誅太宰汝南王亮、太保衞瓘〔亮、瓘並以名徳執政、后意不得行、乃使帝弟楚王瑋、矯詔誅亮、瓘、因又誅瑋。、〕戮椘王瑋、殞太子遹〔賈后無子、乃詐有娠、養賈謐子為太子遹、宫人謝氏生也、少而聰慧、賈后惡之、譛太子、廢之金墉城、又遣小黄門殺太子。〕用趙王倫為相國、倫惡司空張華、僕射裴頠正直、矯詔誅之。倫遂簒帝位。於是齊王攸之子冏、與帝弟成都王頴等起義兵誅倫。頴於是鎮鄴、并州刺史東瀛公騰、安北將軍王浚、又起兵討頴頴敗、挾天子南奔洛後惠帝復位、帝弟長沙王又譛冏、誅之。由是戎狄並興、四方阻亂、遂分為三十六國。
新字:恵帝不慧妃賈充女為皇后、后秉権、殺楊駿、廃太后〔賈后婬妬遇姑無礼、乃詐誣太后父楊駿反、使帝誅之、廃太后於金墉城、餓殺之。、〕誅太宰汝南王亮、太保衛瓘〔亮、瓘並以名徳執政、后意不得行、乃使帝弟楚王瑋、矯詔誅亮、瓘、因又誅瑋。、〕戮楚王瑋、殞太子遹〔賈后無子、乃詐有娠、養賈謐子為太子遹、宮人謝氏生也、少而聰慧、賈后悪之、譛太子、廃之金墉城、又遣小黄門殺太子。〕用趙王倫為相国、倫悪司空張華、僕射裴頠正直、矯詔誅之。倫遂簒帝位。於是斉王攸之子冏、与帝弟成都王頴等起義兵誅倫。頴於是鎮鄴、并州刺史東瀛公騰、安北将軍王浚、又起兵討頴頴敗、挟天子南奔洛後恵帝復位、帝弟長沙王又譛冏、誅之。由是戎狄並興、四方阻乱、遂分為三十六国。
書き下し
恵帝は慧ならず。妃の賈充の女、皇后と為る。后、権を秉り、楊駿を殺し、太后を廃す。〈賈后、淫妬にして姑に遇うに礼無し。乃ち詐りて太后の父楊駿の反するを誣い、帝をして之を誅せしむ。太后を金墉城に廃し、之を餓え殺す。〉太宰汝南王亮・太保衛瓘を誅す。〈亮・瓘、並びに名徳を以て政を執る。后の意、行わるるを得ず。乃ち帝の弟楚王瑋をして、詔を矯めて亮・瓘を誅せしめ、因りて又た瑋を誅す。〉楚王瑋を戮し、太子遹を殞とす。〈賈后、子無し。乃ち詐りて娠有りとし、賈謐の子を養いて太子と為す。遹は、宮人謝氏の生む所なり。少くして聡慧なり。賈后、之を悪み、太子を譖して、之を金墉城に廃し、又た小黄門を遣わして太子を殺す。〉趙王倫を用いて相国と為す。倫、司空張華・僕射裴頠の正直なるを悪み、詔を矯めて之を誅す。倫、遂に帝位を簒う。是に於て斉王攸の子冏、帝の弟成都王穎等と、義兵を起こして倫を誅す。穎、是に於て鄴に鎮す。并州刺史東瀛公騰・安北将軍王浚、又た兵を起こして穎を討つ。穎敗れ、天子を挟みて南のかた洛に奔る。後、恵帝復位す。帝の弟長沙王、又た冏を譖して、之を誅す。是に由りて戎狄並び興り、四方阻乱し、遂に分かれて三十六国と為る。
現代語訳
恵帝は聡明でなかった。妃である賈充の娘が皇后となった。皇后は権力を握り、楊駿を殺し、太后を廃した。〈賈后は淫らで嫉妬深く、姑に礼を尽くさなかった。偽って太后の父楊駿が謀反すると訴え、帝に誅させた。太后を金墉城に幽閉し、餓死させた。〉太宰汝南王亮と太保衛瓘を誅した。〈汝南王亮と衛瓘はともに名声と徳によって政を執っていた。皇后の思うとおりにならなかった。そこで帝の弟の楚王瑋に詔を偽らせて亮と瓘を誅させ、そのうえで楚王瑋も誅した。〉楚王瑋を殺し、太子遹を落とした。〈賈后には子がなかった。偽って妊娠したと称し、賈謐の子を養って太子とした。遹は宮女の謝氏が生んだ子で、幼くして聡明だった。賈后はこれを憎み、太子を讒訴して金墉城に廃し、さらに宦官を遣わして太子を殺した。〉趙王倫を相国とした。趙王倫は司空張華と僕射裴頠が正直なのを憎み、詔を偽って誅した。趙王倫はついに帝位を奪った。そこで斉王攸の子の冏が、帝の弟の成都王穎らと義兵を起こして趙王倫を誅した。成都王穎は鄴に鎮した。并州刺史東瀛公騰と安北将軍王浚が兵を起こして成都王穎を討った。成都王穎は敗れ、天子を挟んで南の洛陽へ逃げた。後に恵帝が復位した。帝の弟の長沙王がまた斉王冏を讒言して誅した。これによって異民族が並び起こり、四方が乱れ、ついに分かれて三十六国となった。
解説
この章句が説くこと
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