長短経 / 覇図
世祖威聲日盛、更始疑慮、乃遣使立世祖為蕭王、令罷兵、與諸將有功者還長安。遣苗魯為幽州牧、韋順為上谷守、並北之郡。〔時世祖居邯鄲宫、耿弇請間説曰、「今更始失政、君臣淫亂、諸將擅命於畿外、貴戚縱横於都内、天子之命、不出城門、所拜牧守輒自遷易、百姓不知所從、士人莫敢自安、虜掠財物、刼掠婦女、懐金玉者、至不生歸。元元叩心、更思王莽。又銅馬、赤眉之屬數十輩、數及百萬、聖公不能辨也、其敗不乆。公首舉事南陽、破百萬之軍。今定河北、據天府之地、以義征伐、發號響應、天下可馳檄而定。天下至重、不可令他姓得之。聞使者從西方來、欲罷兵、不可從也。今吏士死亡者多、弇願北歸幽州、益發精兵、以集大計。」世祖大悦。弇歸上谷、斬韋順等。〕世祖辭不就徴、斬苗魯等、自是始貳於更始。
新字:世祖威声日盛、更始疑慮、乃遣使立世祖為蕭王、令罷兵、与諸将有功者還長安。遣苗魯為幽州牧、韋順為上谷守、並北之郡。〔時世祖居邯鄲宮、耿弇請間説曰、「今更始失政、君臣淫乱、諸将擅命於畿外、貴戚縦横於都内、天子之命、不出城門、所拝牧守輒自遷易、百姓不知所従、士人莫敢自安、虜掠財物、劫掠婦女、懐金玉者、至不生帰。元元叩心、更思王莽。又銅馬、赤眉之属数十輩、数及百万、聖公不能弁也、其敗不久。公首舉事南陽、破百万之軍。今定河北、拠天府之地、以義征伐、発号響応、天下可馳檄而定。天下至重、不可令他姓得之。聞使者従西方来、欲罷兵、不可従也。今吏士死亡者多、弇願北帰幽州、益発精兵、以集大計。」世祖大悦。弇帰上谷、斬韋順等。〕世祖辞不就徴、斬苗魯等、自是始貳於更始。
書き下し
世祖の威声、日に盛んなり。更始、疑慮し、乃ち使いを遣わして世祖を立てて蕭王と為し、兵を罷め、諸将の功有る者と長安に還らしむ。苗魯を遣わして幽州牧と為し、韋順を上谷守と為し、並びに北のかた郡に之かしむ。〈時に世祖、邯鄲の宮に居る。耿弇、間を請いて説きて曰く「今、更始は政を失い、君臣淫乱す。諸将は命を畿外に擅にし、貴戚は都内に縦横す。天子の命、城門を出でず、拝する所の牧守は輒ち自ら遷易す。百姓、従う所を知らず、士人、敢えて自ら安んずる莫し。財物を虜掠し、婦女を刧掠す。金玉を懐く者、生きて帰らざるに至る。元元、心を叩き、更に王莽を思う。又た銅馬・赤眉の属、数十輩、数は百万に及ぶ。聖公、弁ずる能わざるなり。其の敗るること久しからず。公、首めに事を南陽に挙げ、百万の軍を破る。今、河北を定め、天府の地に拠り、義を以て征伐し、号を発すれば響応せん。天下、檄を馳せて定む可し。天下は至って重し。他姓をして之を得しむ可からず。聞く、使者、西方より来たり、兵を罷めんと欲すと。従う可からざるなり。今、吏士の死亡する者多し。弇、願わくは北のかた幽州に帰り、益々精兵を発して、以て大計を集めん」と。世祖大いに悦ぶ。弇、上谷に帰り、韋順等を斬る。〉世祖、辞して徴に就かず、苗魯等を斬る。是れ自り始めて更始に貳す。
現代語訳
世祖の威名は日に日に高まった。更始は疑って、使者を出して世祖を蕭王に立て、兵を解いて功のある諸将とともに長安へ帰らせようとした。苗魯を幽州牧、韋順を上谷太守として、ともに北の郡へ行かせた。〈当時、世祖は邯鄲の宮にいた。耿弇は人払いを願って説いた。「いま更始は政を失い、君臣は乱れている。諸将は都の外で勝手に命令し、外戚は都の中で好き放題している。天子の命令は城門を出ず、任命した太守はすぐ勝手に入れ替わる。民は誰に従えばよいか分からず、士人は落ち着いていられない。財物を奪い、婦女をさらう。金玉を持つ者は生きて帰れないほどです。民は胸を叩いて、かえって王莽の世を懐かしんでいる。しかも銅馬や赤眉の類が数十集団、数は百万に及ぶ。聖公には裁けない。その敗北は遠くありません。公は最初に南陽で事を挙げ、百万の軍を破った。いま河北を定め、天の倉の地に拠り、義によって征伐し、号令を出せば響き渡るように応じる。天下は檄文を回せば定まります。天下は極めて重い。他姓に取らせてはならない。使者が西から来て兵を解こうとしていると聞きました。従ってはなりません。いま戦死した兵が多い。私は北の幽州へ帰り、精兵をさらに集めて大計を整えたい」。世祖は大いに喜んだ。耿弇は上谷に帰り、韋順らを斬った。〉世祖は辞退して召しに応じず、苗魯らを斬った。これ以来、更始に二心を持つようになった。
解説
この章句が説くこと
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