長短経 / 覇図
伯升曰、「諸將軍欲尊立宗室、徳甚厚焉、愚鄙之見、竊有未同。今赤眉起青徐、衆數十萬、聞南陽立宗室、恐赤眉復有所立、如此、将内自争。今王莽未滅、而宗室相攻、是疑天下而自損權、非所以破莽也。且首兵唱號、鮮有能遂、陳勝、項羽即其事也、舂陵去宛三百里耳、未足為功而遽自尊立、為天下準的、使後人承吾弊、非計之善者也。今且稱王以號令、若赤眉所立者賢、則相率而徃從之、若無所立、破莽、除赤眉、然後舉尊號、亦未晩也、願善詳思之。」
新字:伯升曰、「諸将軍欲尊立宗室、徳甚厚焉、愚鄙之見、窃有未同。今赤眉起青徐、衆数十万、聞南陽立宗室、恐赤眉復有所立、如此、将内自争。今王莽未滅、而宗室相攻、是疑天下而自損権、非所以破莽也。且首兵唱号、鮮有能遂、陳勝、項羽即其事也、舂陵去宛三百里耳、未足為功而遽自尊立、為天下準的、使後人承吾弊、非計之善者也。今且称王以号令、若赤眉所立者賢、則相率而往従之、若無所立、破莽、除赤眉、然後舉尊号、亦未晩也、願善詳思之。」
書き下し
伯升曰く「諸将軍、宗室を尊立せんと欲す。徳は甚だ厚し。愚鄙の見、竊かに未だ同ぜざる有り。今、赤眉、青徐に起こり、衆は数十万。南陽の宗室を立つと聞かば、恐らくは赤眉も復た立つる所有らん。此くの如くんば、将に内自ら争わんとす。今、王莽未だ滅びざるに、宗室相い攻むるは、是れ天下を疑わしめて自ら権を損ずるなり。莽を破る所以に非ず。且つ首めに兵し号を唱うる者、鮮く能く遂ぐる有り。陳勝・項羽、即ち其の事なり。舂陵は宛を去ること三百里のみ。未だ功と為すに足らずして遽かに自ら尊立するは、天下の準的と為り、後人をして吾が弊を承けしむ。計の善き者に非ざるなり。今、且く王と称して以て号令せん。若し赤眉の立つる所の者賢ならば、則ち相い率いて往きて之に従わん。若し立つる所無くんば、莽を破り、赤眉を除き、然る後に尊号を挙ぐるも、亦た未だ晩からざるなり。願わくは善く詳らかに之を思え」と。
現代語訳
伯升は言った。「諸将軍が宗室を尊んで立てようとするのは、たいへん厚い志です。愚かな私の考えでは、ひそかに同意できないところがあります。いま赤眉が青州と徐州で起こり、数十万の衆がいる。南陽の宗室を立てたと聞けば、赤眉もまた誰かを立てるでしょう。そうなれば内輪で争うことになる。いま王莽がまだ滅びないのに宗室が攻め合うのは、天下を迷わせて自ら力を損なうことです。王莽を破る道ではない。それに最初に兵を挙げて旗を掲げた者で、やり遂げられた例はまれです。陳勝と項羽がその例です。舂陵は宛から三百里しか離れていない。まだ功と言えるほどでもないのに急いで帝位を立てるのは、天下の的になり、後の人に我々の疲弊を引き継がせることになる。よい計ではありません。いまはひとまず王と称して号令しましょう。もし赤眉が立てた者が賢明なら、みなで行って従えばよい。もし立てなければ、王莽を破り赤眉を除いて、それから尊号を挙げても遅くはない。どうかよく考えてください」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『長短経』覇図新市の人王匡等、劉聖公を立てて天子と為し、伯升を害す。〈劉玄、字は聖公、世祖の族兄なり。吏を平林に避く。王匡等、之を立つ。初め、伯升は王莽の漢を簒いしより、常に憤憤として社稷を匡復するの慮を懐く。家人の居業を事とせず、身を傾け産を破りて、天下の雄俊を交結す。王莽の末、盗賊群れ起こる。伯升、諸豪傑を召して計議す。是に於て親客鄧晨をして新野に起こらしめ、世祖・李軼、宛に起こり、伯升、舂陵に発し、子弟七八千人、賓客を部署し、自ら柱天都部と称す。劉嘉をして新市・平林の兵の王匡・陳牧等を誘いて軍を合わせて進ましめ、長聚を屠る。諸将、劉氏を立てて、以て人望に従わんことを議す。豪傑、咸な伯升に帰せんと欲す。而して新市・平林の将帥は放縦を楽しみ、伯升の威明を憚り、聖公の懦弱なるを貪り、先ず策を定めて之を立て、然る後に伯升を召して其の議を示す。
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『長短経』覇図漢の高祖、名は邦、字は季、姓は劉氏。沛国豊邑の人、泗上の亭長と為る。陳勝等起こり、勝、自立して楚王と為る。〈張耳・陳余、諫めて曰く「将軍は万死の計を出し、天下の為に害を除く。今、始めて陳に至りて、自立して王と為るは、是れ天下に私を示すなり。六国の後を立て、自ら樹党を為し、師を進めて西せば、則ち野に交兵無く、城に守墻無からん。暴秦を誅し、咸陽に拠りて、以て諸侯に令せば、天下図る可きなり」と。勝、聴かず。〉
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『長短経』覇図沛人、其の令を殺し、高祖を立てて沛公と為す。時に項梁、薛に止まる。沛公、往きて之に従い、共に義帝を立つ。〈范増、項梁に説きて曰く「秦は六国を滅ぼすに、楚最も罪無し。懐王、秦に入りて反らざるより、楚人之を憐れむ。故に語に曰く『楚は三戸と雖も、秦を亡ぼすは必ず楚ならん』と。今、陳勝、事を首むるも、楚の後を立てず。其の勢い長からず。今、君は江東に起こり、楚の蜂起の将、皆な争いて君に附く者は、君の代々楚の将たるを以て、将た復た楚の後を立つればなり」と。梁、因りて懐王の孫心を求めて之を立つ。〉約して曰く、先ず咸陽に入る者は之に王たらん、と。
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『長短経』覇図東都太守翟義反し、敗れて死す。〈義は丞相方進の子。地に劉信を立てて天子と為すなり。〉莽、自ら謂えらく威徳遂に盛んにして、天人の助けを獲たりと。銅匱の符命を用いて、遂に真に即く。〈梓潼の人哀章、銅匱の符命を上る。〉其の九年、赤眉の賊起こる。〈瑯邪の女子、呂母、子の為に仇を報ず。党衆、復た浸く多し。赤眉の賊と号す。〉十四年、世祖兵を起こし、王匡等と共に劉聖公を立てて更始皇帝と為す。〈更始は、即ち世祖の族兄なり。世祖及び兄伯升と新市・平林の兵士王匡等と、軍を合わせて棘陽を攻む。〉莽、王尋・王邑を遣わして更始を撃たしむ。二人、兵を昆陽に敗る。漢兵、遂に城中に入る。人皆な降る。莽、漸台に走り、室中の北隅に蔵る。間、校尉孫賓就、莽を斬る。遂に首を伝えて宛の更始に詣らしむ。
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『長短経』覇図赤眉の賊、函関に入り、更始を攻む。世祖、鄧禹を遣わして兵を引きて西し、以て更始・赤眉の乱に乗ぜしむ。〈赤眉の賊樊崇、劉盆子を立てて天子と為し、長安に入り、更始を殺し、関中を寇掠す。〉是に於て諸将、尊号を上る。乃ち有司に命じて壇を鄗南の千秋亭五成陌に設けしめ、皇帝の位に即く。〈諸将、上奏して曰く「漢、王莽に遭い、宗廟廃絶し、豪傑憤怒し、兆人塗炭たり。王と伯升と、首めに義兵を挙ぐ。更始、其の資に因りて以て帝位に拠るも、大統を奉承する能わず、而して綱紀を敗乱し、盗賊日に多く、群生危蹙たり。大王、初め昆陽を征して、王莽自ら潰え、後に邯鄲を抜きて、北州弭定し、天下を三分して其の二を有つ。州に跨がり土に拠り、帯甲百万。武力を言えば則ち之に敢えて抗する莫く、文徳を論ずれば則ち与に辞する所無し。臣聞く、帝王は以て久しく曠しくす可からず、天下は以て謙拒す可からず、と。唯だ大王、社稷を以て計と為し、万姓を以て心と為せ」と。又た彊華、関中より赤伏符を奉じて曰く「劉秀、兵を発して不道を捕らう。四夷雲のごとく聚まり龍、野に闘う。四七の際、火、主と為る」と。然る後に皇帝の位に即く。〉
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『長短経』覇図諸将従わず、遂に聖公を立つ。是に由りて、豪傑失望す。伯升の都部将劉稷は、勇は三軍に冠たり。更始の立つを聞き、怒りて曰く「本と兵を起こし大事を図る者は、劉伯の兄弟なり。更始、何為る者ぞや」と。更始の君臣、聞きて心に之を忌む。乃ち兵数千を陳ねて稷を収め、将に之を誅せんとす。伯升、固く争う。李軼・朱鮪、因りて更始に勧めて并せて伯升を執え、即日之を害す。李軼と世祖と既に隙あり。後、馮公孫に因りて密書を致し、誠節を効さんことを求む。咸な之を秘せんことを勧む。世祖、乃ち軼の書を班露して曰く「李季文は詐り多く、人を信ぜざるなり」と。今、其の書を移して守・尉に告ぐ。書、既に宣露し、朱鮪、人をして軼を殺さしむるなり。〉