長短経 / 覇図
髙祖以問羣臣。羣臣皆山東人、争言周王七百年、秦二世即滅、不如都洛陽。洛陽東有成臯、西有崤、澠、背河向伊、雒其固亦足恃也。留侯曰、「洛陽雖有此固、其中小、不過數百里、地薄、四面受敵、此非用武之國也。夫漢中左崤、函、右隴、蜀、沃野千里、南有巴蜀之饒、北有胡苑之利、阻三面而獨守一面、東制諸侯。諸侯安定、河、渭漕輓、天下足以西給京師、諸侯有變、順流而下、足以委輸。此所謂金城千里、天府之國、婁敬説是也。」於是高帝即日駕西、都闗中。〕
新字:高祖以問羣臣。羣臣皆山東人、争言周王七百年、秦二世即滅、不如都洛陽。洛陽東有成皋、西有崤、澠、背河向伊、雒其固亦足恃也。留侯曰、「洛陽雖有此固、其中小、不過数百里、地薄、四面受敵、此非用武之国也。夫漢中左崤、函、右隴、蜀、沃野千里、南有巴蜀之饒、北有胡苑之利、阻三面而独守一面、東制諸侯。諸侯安定、河、渭漕輓、天下足以西給京師、諸侯有変、順流而下、足以委輸。此所謂金城千里、天府之国、婁敬説是也。」於是高帝即日駕西、都関中。〕
書き下し
高祖、以て群臣に問う。群臣は皆な山東の人なり。争いて言う「周王七百年、秦は二世にして即ち滅ぶ。洛陽に都するに如かず。洛陽は東に成皋有り、西に崤・澠有り、河を背にし伊・雒に向かう。其の固きも亦た恃むに足るなり」と。留侯曰く「洛陽は此の固き有りと雖も、其の中小さく、数百里に過ぎず。地は薄く、四面より敵を受く。此れ武を用うるの国に非ざるなり。夫れ漢中は、左に崤・函、右に隴・蜀、沃野千里。南に巴蜀の饒有り、北に胡苑の利有り。三面を阻みて独り一面を守り、東のかた諸侯を制す。諸侯安定すれば、河・渭の漕輓、天下以て西のかた京師に給するに足る。諸侯に変有らば、流れに順いて下り、以て委輸するに足る。此れ所謂金城千里、天府の国なり。婁敬の説、是なり」と。是に於て高帝、即日駕して西し、関中に都す。〉
現代語訳
高祖はこれを群臣に尋ねた。群臣はみな山東の出身で、争って言った。「周は七百年、秦は二代で滅んだ。洛陽に都するに越したことはない。洛陽は東に成皋があり、西に崤と澠があり、黄河を背にして伊水と洛水に向いている。その堅さも頼るに足りる」。留侯張良が言った。「洛陽にはこの堅さがあるが、その内側は小さく数百里に過ぎない。土地は痩せ、四方から敵を受ける。武を用いる国ではない。漢中は左に崤と函谷、右に隴と蜀、肥沃な野が千里。南に巴蜀の豊かさがあり、北に胡の牧場の利がある。三方が塞がっていて一方だけを守り、東に向かって諸侯を制する。諸侯が安定していれば、黄河と渭水の水運で天下から都へ供給できる。諸侯に変事があれば、流れに乗って下り、輸送できる。これがいわゆる金城千里、天の倉である。婁敬の説が正しい」。そこで高帝は即日車を出して西へ向かい、関中に都した。〉
解説
この章句が説くこと
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