長短経 / 覇図
今陛下起豐沛、收卒三千人、以之徑徃而卷蜀漢、定三秦、與項籍戰於滎陽、争成臯之口、大戰七十、小戰四十、使天下之民肝腦塗地、父子暴骨於中野、不可勝數、哭泣之聲未絶、傷夷之卒未起、而欲比隆於成康之時、臣竊以為不侔矣。
新字:今陛下起豊沛、収卒三千人、以之径往而巻蜀漢、定三秦、与項籍戦於滎陽、争成皋之口、大戦七十、小戦四十、使天下之民肝脳塗地、父子暴骨於中野、不可勝数、哭泣之声未絶、傷夷之卒未起、而欲比隆於成康之時、臣窃以為不侔矣。
書き下し
今、陛下、豊沛に起こり、卒三千人を収め、之を以て径ちに往きて蜀漢を巻き、三秦を定め、項籍と滎陽に戦い、成皋の口を争う。大戦七十、小戦四十。天下の民をして肝脳地に塗れ、父子、骨を中野に暴さしむること、勝げて数う可からず。哭泣の声、未だ絶えず、傷夷の卒、未だ起たず。而るに隆きを成康の時に比せんと欲す。臣、竊かに以て侔しからずと為す。
現代語訳
いま陛下は豊と沛で起こり、兵三千を集め、それでまっすぐ進んで蜀と漢中を巻き取り、三秦を定め、項籍と滎陽で戦い、成皋の入口を争った。大きな戦が七十、小さな戦が四十。天下の民は肝や脳を地に塗りつけ、父子が野原で骨をさらすことは数え切れない。泣き声はまだ絶えず、傷ついた兵はまだ起き上がれない。それでいて盛んなことを成王康王の時代と比べようとされる。私はひそかに、同じではないと思います。
解説
大戦七十、小戦四十という数字が効きます。周は徳で人を集めましたが、漢は百十回の戦で天下を取った。泣き声はまだ絶えず、傷ついた兵はまだ起き上がれない。理想を語る前に、いま足元がどういう状態かを数字と光景で突きつけています。自分の到達点を過去の栄光と並べたがる気持ちに、冷や水を浴びせる諫言です。比べる相手を間違えると、いま必要な手当てが見えなくなります。
この章句が説くこと
覇図婁敬劉邦戦の数疲弊諫言
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