長短経 / 覇図
夫漢王發蜀漢、定三秦、涉西河之外拔上黨之兵、下井陘之路、誅成安之罪、北破魏舉三十二城、此蚩尤之兵、非人力也、天之福也。今已據敖倉之粟、塞成臯之險、守白馬之津、杜太行之路、拒飛狐之口、而天下後服者先亡矣。王疾先下漢王、齊國社稷可得而保也、不下漢王、危亡立可待也。」
新字:夫漢王発蜀漢、定三秦、渉西河之外抜上党之兵、下井陘之路、誅成安之罪、北破魏舉三十二城、此蚩尤之兵、非人力也、天之福也。今已拠敖倉之粟、塞成皋之険、守白馬之津、杜太行之路、拒飛狐之口、而天下後服者先亡矣。王疾先下漢王、斉国社稷可得而保也、不下漢王、危亡立可待也。」
書き下し
夫れ漢王は蜀漢を発し、三秦を定め、西河の外を渉り、上党の兵を抜き、井陘の路を下し、成安の罪を誅し、北のかた魏を破り三十二城を挙ぐ。此れ蚩尤の兵にして、人力に非ず、天の福なり。今、已に敖倉の粟に拠り、成皋の険を塞ぎ、白馬の津を守り、太行の路を杜ぎ、飛狐の口を拒ぐ。而して天下の後に服する者は先ず亡びん。王、疾く先ず漢王に下らば、斉国の社稷、得て保つ可きなり。漢王に下らずんば、危亡立ちどころに待つ可し」と。
現代語訳
漢王は蜀と漢中から起こり、三秦を定め、西河の外を渡り、上党の兵を抜き、井陘の路を下り、成安君の罪を誅し、北へ魏を破って三十二城を落とした。これは蚩尤の軍であって人の力ではなく、天の福です。いますでに敖倉の穀物に拠り、成皋の険を塞ぎ、白馬の渡しを守り、太行の路を閉ざし、飛狐の口を防いでいる。そして天下で後から服する者が先に滅びます。王が急いで先に漢王に降れば、斉国の社稷は保てます。降らなければ、危亡はたちどころに来ます」。
解説
後から服する者が先に滅びる。順番が生死を分けるという脅しです。前半で実績を列挙し、要所の掌握を並べ、最後に時間の切迫を突きつける。交渉の型としては完成しています。斉王はこれで守りを解きました。ところが同じ時、韓信は軍を進めていた。話がついたのに軍が止まらなかったことが、次の悲劇を招きます。早く決めた者が得をするという枠組みを作れば、迷いは焦りに変わります。
この章句が説くこと
覇図酈食其斉降伏順番交渉
関連する章句
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