長短経 / 覇図
〔轅生説曰、「漢與楚相拒於榮陽、城臯數月、漢嘗困。願王出武闗、項王必引兵南走、王深壁、令滎陽、城臯間且得休息。使韓信等得集於河北趙地、君王乃復走滎陽。如此、則楚備者多、力分、漢得休息、復與之戰、破楚必矣。」漢王從此計、出軍宛、葉間。項王聞漢王在宛、果引兵南渡、如轅生之䇿。〕
新字:〔轅生説曰、「漢与楚相拒於栄陽、城皋数月、漢嘗困。願王出武関、項王必引兵南走、王深壁、令滎陽、城皋間且得休息。使韓信等得集於河北趙地、君王乃復走滎陽。如此、則楚備者多、力分、漢得休息、復与之戦、破楚必矣。」漢王従此計、出軍宛、葉間。項王聞漢王在宛、果引兵南渡、如轅生之策。〕
書き下し
〈轅生説きて曰く「漢と楚と滎陽・城皋に相い拒ること数月、漢は嘗て困しむ。願わくは王、武関を出でば、項王必ず兵を引きて南に走らん。王は壁を深くし、滎陽・城皋の間をして且く休息を得しめよ。韓信等をして河北の趙地に集まるを得しめ、君王乃ち復た滎陽に走らば、此くの如くんば、則ち楚は備うる者多く、力分かれ、漢は休息を得。復た之と戦わば、楚を破ること必せん」と。漢王、此の計に従い、軍を宛・葉の間に出す。項王、漢王の宛に在るを聞き、果たして兵を引きて南のかた渡ること、轅生の策の如し。〉
現代語訳
〈轅生が説いて言った。「漢と楚が滎陽と城皋で対峙して数か月、漢は苦しんできました。どうか王が武関を出れば、項王は必ず兵を率いて南へ走ります。王は塁を深くして、滎陽と城皋のあいだをしばらく休ませなさい。韓信らを河北の趙の地に集結させ、そのうえで君王がまた滎陽へ走れば、楚は守るべき場所が増えて力が分かれ、漢は休息を得られます。そこで戦えば楚を破るのは確実です」。漢王はこの計に従い、軍を宛と葉のあいだに出した。項王は漢王が宛にいると聞いて、果たして兵を率いて南へ渡った。轅生の策のとおりである。〉
解説
自分が動くことで、相手に守る場所を増やさせる策です。漢王が南へ出れば項羽は南へ動き、その間に滎陽は休め、韓信は北を固められる。一人が動くだけで三つの効果が出ています。正面の戦力で劣るとき、勝ち筋は相手の力を分散させることにある。どこへ行けば相手が追ってくるかを知っているのが、この策の前提です。追ってくると分かっている場所へ、わざと行く。相手の反応の読みが策の中身です。
この章句が説くこと
覇図轅生劉邦項羽分散陽動
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