長短経 / 覇図
於是用韓信䇿、乃東伐、還定三秦。〔漢王之國也。韓信亡楚、從入蜀、無所知名。數與蕭何語、何竒之、薦為大將軍。信拜禮畢、王曰、「丞相數言將軍、將軍何以教寡人計䇿?」信謝、因問王曰、「今東向爭權天下者、豈非項王耶?」曰、「然。」信曰、「大王自料勇悍仁强孰與項王比?」漢王黙然良久、曰、「不如也。」信再拜賀曰、「雖信亦以為大王不如也。然臣嘗事之、請言項王之為人也。項王喑啞叱咤、千人皆廢、然不能任屬賢將、此特匹夫之勇也。項王見人恭敬慈愛、言語呴、嘔人有疾病、涕泣分食飲。至使人有功當封爵者、印刓弊忍不能與、此所謂婦人之仁也。
新字:於是用韓信策、乃東伐、還定三秦。〔漢王之国也。韓信亡楚、従入蜀、無所知名。数与蕭何語、何奇之、薦為大将軍。信拝礼畢、王曰、「丞相数言将軍、将軍何以教寡人計策?」信謝、因問王曰、「今東向争権天下者、豈非項王耶?」曰、「然。」信曰、「大王自料勇悍仁強孰与項王比?」漢王黙然良久、曰、「不如也。」信再拝賀曰、「雖信亦以為大王不如也。然臣嘗事之、請言項王之為人也。項王喑啞叱咤、千人皆廃、然不能任属賢将、此特匹夫之勇也。項王見人恭敬慈愛、言語呴、嘔人有疾病、涕泣分食飲。至使人有功当封爵者、印刓弊忍不能与、此所謂婦人之仁也。
書き下し
是に於て韓信の策を用い、乃ち東のかた伐ちて、還りて三秦を定む。〈漢王の国にするや、韓信、楚を亡れ、従いて蜀に入るも、名を知らるる所無し。数しば蕭何と語る。何、之を奇とし、薦めて大将軍と為す。信、拝礼畢わる。王曰く「丞相、数しば将軍を言う。将軍、何を以て寡人に計策を教うるか」と。信謝し、因りて王に問いて曰く「今、東に向かいて権を天下に争う者は、豈に項王に非ずや」と。曰く「然り」と。信曰く「大王、自ら料るに勇悍仁強、項王と孰れぞ」と。漢王黙然たること良や久しくして曰く「如かざるなり」と。信、再拝して賀して曰く「信と雖も亦た以為えらく大王は如かずと。然れども臣、嘗て之に事う。請う、項王の人と為りを言わん。項王の喑啞叱咤すれば、千人皆な廃す。然れども賢将に任属する能わず。此れ特だ匹夫の勇なるのみ。項王、人を見れば恭敬慈愛、言語呴嘔たり。人に疾病有れば、涕泣して食飲を分かつ。人をして功有りて当に爵を封ずべき者に至りては、印、刓弊するも忍びて与うる能わず。此れ所謂婦人の仁なり。
現代語訳
そこで韓信の策を用い、東へ伐って戻り三秦を定めた。〈漢王が任地へ赴くとき、韓信は楚から逃げてついて蜀に入ったが、名を知られていなかった。何度も蕭何と語った。蕭何は非凡だと見て、推薦して大将軍とした。韓信は任命の礼を終えた。王が言った。「丞相が何度もあなたのことを言う。あなたはどんな計策を私に教えてくれるのか」。韓信は謝して、王に尋ねた。「いま東へ向かって天下の権を争う相手は、項王ではありませんか」。「そうだ」。韓信は言った。「大王ご自身、勇猛さと仁と強さで、項王と比べてどちらが上でしょうか」。漢王は長く黙ってから「及ばない」と言った。韓信は再拝して祝って言った。「私もまた大王は及ばないと思います。しかし私はかつて項王に仕えました。項王の人となりを申し上げましょう。項王が怒鳴れば千人がすくみます。しかし優れた将に任せることができない。これはただの匹夫の勇です。項王は人に会えば恭しく慈しみ深く、言葉も優しい。人が病気になれば涙を流して食事を分ける。ところが功があって爵位を与えるべき者に対しては、印が擦り切れるほど手に持ったまま、惜しんで与えられない。これがいわゆる婦人の仁です。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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史記 淮陰侯列伝信王に問ひて曰く、「今東郷して権を天下に争ふは、豈に項王に非ずや」と。漢王曰く、「然り」と。曰く、「大王自ら勇悍仁彊項王と孰れぞと料る」と。漢王黙然たること良や久しくして曰く、「如かざるなり」と。信再拝して賀して曰く、「惟だ信も亦た大王を為(おも)ふに如かずと。然れども臣嘗て之に事ふ、請ふ項王の人と為りを言はん。項王喑噁叱咤すれば、千人皆廃す、然れども賢将に任属する能はず、此れ特だ匹夫の勇なるのみ。項王人を見るに恭敬慈愛、言語嘔嘔、人に疾病有れば、涕泣して食飲を分かつも、人に功有りて爵に封ずるに当たる者をば、印刓敝するまで、忍びて予ふる能はず、此れ所謂婦人の仁なり。項王名は霸為りと雖も、実は天下の心を失ふ、故に其の彊は弱め易しと曰ふ。今大王誠に能く其の道に反し、天下の武勇に任ぜば、何の誅せざる所ぞ、天下の城邑を以て功臣に封ぜば、何の服せざる所ぞ」と。是に於いて漢王大いに喜び、自ら信を得るの晩きを以てす。
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『新序』善謀第十漢王既に滕公・蕭何の言を用い、韓信を擢拜して上將軍と爲す。信を引きて上坐せしむ。王問いて曰く、丞相數ミ將軍を言う。將軍何を以てか寡人に計策を敎うる、と。信謝し、因りて王に問いて曰く、今東に向かいて權を天下に爭うは、豈に項王に非ずや。曰く、然り、と。大王自ら勇仁悍强を斷ずるに、項王と孰與れぞ、と。漢王默然たること良や久し。曰く、如かざるなり、と。信再拜して賀して曰く、唯だ信も亦た以爲えらく大王は如かざるなり、と。然れども臣嘗て楚に事う。請う項王の人と爲りを言わん。項王喑噁叱咤すれば千人皆な廢る。然れども賢將を任屬する能わず。此れ匹夫の勇のみ。項王人を見て恭謹、言語呴呴たり。人疾病すれば、涕泣して食飲を分かつ。人の功有りて封爵に當たるに至りては、印刓れ綬弊るるまで、忍びて與うる能わず。此れ所謂婦人の仁なり。項王天下に覇として諸侯を臣とすと雖も、關中に居らず、彭城に都す。又た義帝の約に背き、而して親愛を以て王とす。諸侯平らかならず。諸侯の項王の義帝を江南に遷逐するを見るや、亦た皆な歸りて其の主を逐い自ら善地に王たり。項王の過ぐる所、殘滅せざる無く怨み多し。百姓附かず、特だ威强に劫かされて服するのみ。名は覇王と爲すと雖も、實は天下の心を失う。故に曰く、其の强きは弱め易し、と。
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『長短経』覇図項王、天下に覇として諸侯を臣とすと雖も、関中に居らずして彭城に都し、義帝の約に倍く有りて、親愛を以て諸侯に王たらしむ。平らかならず。諸侯、項王の義帝を遷逐して江南に置くを見て、亦た皆な帰りて其の主を逐いて自ら善地に王たり。項王の過ぐる所、残滅せざる者無し。天下怨み多く、百姓親附せず。特だ威強に刼かされて服するのみ。名は覇と為すと雖も、実は天下の心を失う。故に曰く、其の強きは弱め易し、と。今、大王、誠に能く其の道に反し、天下の武勇に任ぜば、何ぞ誅せざる所あらん。天下の城邑を以て功臣に封ぜば、何ぞ服せざる所あらん。義兵を以て東帰を思うの士に従わば、何ぞ散ぜざる所あらん。
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『新序』善謀第十今大王誠に其の道に反し、天下の武勇に任ぜば、何ぞ誅せざらん。天下の城邑を以て功臣を封ぜば、何ぞ服せざらん。義兵を以て東歸を思うの士に從わば、何ぞ散ぜざらん。且つ三秦の王は秦の將と爲る。秦の弟子數歳、殺亡する所勝げて計う可からず。又た其の衆を欺きて諸侯に降り新安に至る。項王詐りて秦の降卒二十餘萬人を坑にす。唯だ獨り邯・欣・翳のみ脫る。秦の父兄此の三人を怨むこと、痛み骨髓に入る。今楚强いて威を以て此の三人を王とす。秦民愛する莫し。大王の武關に入るや、秋毫も害する所無く、秦の苛法を除き、秦と約し、法は三章のみ。且つ秦民大王を得て秦に王たらしめんと欲せざる無し。諸侯に於ける約、大王當に關中に王たるべし。民戸ミ之を知る。大王職を失いて蜀に之く。民恨まざる者無し。今大王舉げて東せば、三秦は檄を傳えて定む可きなり、と。是に於いて漢王喜び、自ら以爲えらく信を得ること晩し、と。遂に信の計を聽き、諸將の擊つ所を部署す。八月、漢王東出す。秦民漢に歸す。王遂に三秦を誅し、王として其の地を定む。諸侯の兵を收めて項王を討ち、帝業を定む。韓信の謀なり。
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『長短経』覇図王曰く「先生、何を以て之を知る」と。酈生曰く「漢王と項羽と、力を戮せて西に向かい秦を撃つ。約すらく、先ず咸陽に入る者は之に王たらん、と。漢王先ず咸陽に入るも、項王、約に負きて与えず、而して之を漢中に王たらしむ。項羽、義帝を遷して殺す。漢王之を聞き、蜀漢の兵を起こし、三秦を撃ち、武関を出でて、義帝の処を責め、天下の兵を収め、諸侯の後を立つ。城を降せば即ち以て其の将を侯とし、賂を得れば即ち以て其の士に分かち、天下と其の利を同じくす。英豪賢士、皆な楽しみて之が用と為る。諸侯の兵、四面より至り、蜀漢の粟、万船にして下る。項王には約に背くの名、義帝を殺すの罪有り。人の功に於ては記す所無く、人の罪に於ては心に忘れず。戦い勝ちて其の賞を得ず、城を抜きて其の封を得ず。項氏に非ざれば、能く事を用うる莫し。人の為に印を刻みて、授くる能わず。城を攻めて賂を得るも、財を積みて賞する能わず。天下之に叛き、賢才之を怨みて、用を為す莫し。故に天下の士、漢王に帰すること、坐して策す可きなり。
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『長短経』覇図然り而して衆は労し卒は疲る。其の実は用い難し。今、将軍、倦弊の兵を挙げて、燕の堅城の下に頓せんと欲す。戦わんと欲すれば恐らくは得ず、城を攻むれば抜く能わず、情は見れ勢いは屈し、日を曠しくして糧は竭きん。而して弱燕服せずんば、斉必ず境に距りて以て自ら強くせん。燕・斉相い持して下す可からずんば、劉・項の権、未だ分かるる所有らざるなり。此くの若き者は、将軍の短なり。臣愚かに、竊かに以て過てりと為す。故に善く兵を用うる者は、短を以て長を撃たず、而して長を以て短を撃つ」と。韓信曰く「然らば則ち何に由らん」と。広武君曰く「方今、将軍の為に計るに、甲を按じ兵を休め、以て趙を鎮め、其の孤弱を撫し、百里の内、牛酒日に至りて、以て士大夫を饗し、兵を醳し、北のかた燕路に首するに如くは莫し。而る後に弁士を遣わし、咫尺の書を奉じ、長ずる所を燕に暴さば、燕必ず敢えて聴かざらず。燕已に従わば、諠言する者をして東のかた斉に告げしめば、斉必ず風に従いて服せん。智者有りと雖も、亦た斉の為に計るを知らざらん。是くの如くんば、則ち天下の事図る可きなり。兵に固より先声して後実なる者有り。此れ之を謂うなり」と。韓信曰く「善し」と。其の策に従い、使いを燕・斉に発し、風に従いて靡くなり。〉