長短経 / 覇図
項梁舉吴〔梁令項羽殺假守通、便舉兵起吴。呉、今蘓州也。、〕田儋舉齊〔儋從少年、縛奴欲殺之、以見狄令、因殺令舉兵也。、〕景駒舉郢、周市舉魏、韓廣舉燕。窮山通谷、豪傑並起、而亡秦族矣。
新字:項梁舉呉〔梁令項羽殺仮守通、便舉兵起呉。呉、今蘓州也。、〕田儋舉斉〔儋従少年、縛奴欲殺之、以見狄令、因殺令舉兵也。、〕景駒舉郢、周市舉魏、韓広舉燕。窮山通谷、豪傑並起、而亡秦族矣。
書き下し
項梁、呉に挙がる。〈梁、項羽をして仮守の通を殺さしめ、便ち兵を挙げて呉に起こる。呉は、今の蘇州なり。〉田儋、斉に挙がる。〈儋、少年を従え、奴を縛りて殺さんと欲し、以て狄の令に見え、因りて令を殺して兵を挙ぐるなり。〉景駒、郢に挙がり、周市、魏に挙がり、韓広、燕に挙がる。窮山通谷、豪傑並び起こりて、秦の族を亡ぼせり。
現代語訳
項梁が呉で兵を挙げた。〈項梁は項羽に代理の郡守である殷通を殺させ、そのまま呉で兵を挙げた。呉は今の蘇州である。〉田儋が斉で兵を挙げた。〈田儋は若者を連れ、奴隷を縛って殺すと称して狄の県令に会い、そのまま県令を殺して兵を挙げた。〉景駒が郢で、周市が魏で、韓広が燕で挙兵した。険しい山も深い谷も、豪傑がいっせいに起こって、秦の一族を滅ぼした。
解説
各地の挙兵が一行ずつ並びます。呉、斉、郢、魏、燕。手口も似ていて、まず土地の長官を殺してその権限を奪う形でした。中央が弱ったとき、地方の実権は同じ形で一斉に移ります。陳勝の一件から数か月で全土が燃えた速さが、この列挙で伝わります。崩れるときは順番ではなく同時に崩れる、ということでもあります。一つずつ潰せる規模を超えたとき、中央にできることはもう残っていませんでした。
この章句が説くこと
覇図項梁田儋挙兵秦同時多発
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