長短経 / 覇図
及至秦蠶食天下、并吞戰國、一海内之政、壞諸侯之城、法嚴政峻、諂䛕者衆。使䝉恬將兵北攻胡、尉佗將卒以戍粤宿兵無用之地、人不聊生。始皇崩、天下大叛、陳勝、吴廣舉於陳
新字:及至秦蠶食天下、并呑戦国、一海内之政、壊諸侯之城、法厳政峻、諂䛕者衆。使䝉恬将兵北攻胡、尉佗将卒以戍粤宿兵無用之地、人不聊生。始皇崩、天下大叛、陳勝、呉広舉於陳
書き下し
秦の天下を蚕食し、戦国を并呑し、海内の政を一にし、諸侯の城を壊し、法厳に政峻しく、諂諛する者衆きに至るに及ぶ。蒙恬をして兵を将いて北のかた胡を攻めしめ、尉佗をして卒を将いて以て粤を戍らしむ。兵を無用の地に宿して、人、生を聊んぜず。始皇崩じ、天下大いに叛く。陳勝・呉広、陳に挙がる。
現代語訳
秦が天下を蚕のように食い進み、戦国の諸国を併呑し、天下の政治を一つにし、諸侯の城壁を壊し、法は厳しく政治は苛酷で、へつらう者が多くなった。蒙恬に軍を率いて北の胡を攻めさせ、尉佗に兵を率いて南の越を守らせた。役に立たない土地に兵を留め置いたので、民は生活が立ちゆかなかった。始皇帝が没すると天下は大いに背いた。陳勝と呉広が陳で兵を挙げた。
解説
秦の失敗が三行で示されます。法が厳しく政治が苛酷で、へつらう者が増えた。そして北と南の役に立たない土地に軍を釘付けにした。統一直後に最大の兵力を辺境に置いたことが、内側を空にしました。へつらう者が増えたという一行が効いています。厳しさが正確な情報を上げにくくし、無駄な遠征が止まらなくなる。二つは連動しています。
この章句が説くこと
覇図秦始皇帝厳法諂諛蒙恬
関連する章句
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『長短経』七雄略嬴氏の場を擅にするに及び、周の失を懲らし、五等を廃し、郡県を立つ。君は海内を有ちて、子弟は匹夫たり。功臣は勤めを効すも、干城に茅土無し。孤りにて天下を制し、独り其の利を擅にす。身死するの日、海内分崩す。陳勝は偏袒して前に唱え、劉季は剣を提げて後に興り、虎嘯き龍睇み、遂に秦族を亡ぼす。夫れ劉・陳の諸傑は布衣なり。呉・楚の勢い、立錐の地無し。然り而して白徒の衆を駆りて、天子と衡を争うを得たる者は、百姓乱を思い、諸侯の勤王の憚るべき無ければなり。故に語に曰く、夫れ乱政虐刑は、英雄に資して自ら禍を速むる所以なり、と。此の謂いなり。
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『長短経』覇図〈昔、秦王、周の統を失い、権を諸侯に喪うを見る。遂に自ら人を恃み任じ、諸侯を封立せず。陳勝・楚漢に及びては、咸な布衣に由る。封君の土有るに非ずして、并せて秦を滅ぼす。高祖、既に天下を定め、項王の函谷より入りて、己は武関に由りて到るを念い、惟だ関梁を修め、守禦を強くし、内は三軍を充実にし、外は多く長戍を発す。王翁の奪取するに及び、乃ち関梁を犯さずして、坐して其の処を得たり。王翁、専ら国を秉り政を得るを以て之を得ると見て、即ち重臣を抑え、下権を収む。其の之を失うに及び、又た大臣より生ぜず。更始、王翁の百姓の心を失いて天下を亡うを見る。既に西のかた京師に到り、人の悦ぶ声を恃み、則ち自ら安楽し、諫臣を納れず。赤眉、外に囲み、近臣、城に反す。遂に以て破敗す。是に由りて之を観れば、夫れ患害は一に非ず。何ぞ勝げて防備を為す可けんや。賈誼曰く「夫れ事に禍を招く有り、法に姦を起こす有り。唯だ賢良を置きて、然る後に患い無きのみ」と。〉
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『長短経』覇図項梁、呉に挙がる。〈梁、項羽をして仮守の通を殺さしめ、便ち兵を挙げて呉に起こる。呉は、今の蘇州なり。〉田儋、斉に挙がる。〈儋、少年を従え、奴を縛りて殺さんと欲し、以て狄の令に見え、因りて令を殺して兵を挙ぐるなり。〉景駒、郢に挙がり、周市、魏に挙がり、韓広、燕に挙がる。窮山通谷、豪傑並び起こりて、秦の族を亡ぼせり。
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『長短経』七雄略五等を削去して、改めて郡県と為し、自ら号して皇帝と為し、而して子弟は匹夫と為る。内に骨肉本根の輔無く、外に尺土藩翼の衛無し。呉・陳、其の白梃を奮い〔白梃は木杖なり〕、劉・項随いて之を斃す。故に曰く、周は其の暦を過ぎ、秦は其の数に及ばず、と。国勢然るなり。
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『長短経』覇図地は広く兵は衆きも、法令明らかならず、賞罰信ならず。二なり。精鋭の卒は並びに秦王を拒ぎ、鞏洛に留まる所は悉く皆な老病なり。其の虚に乗じて之を襲わば、必ず志を得ん。三なり。志に曰く『人の先を奪う』と。又た曰く『天の時は地の利に如かず、地の利は人の和に如かず』と。陛下、此の三事を兼ね、又た之に居るに先を以てす。克たざる無からん」と。
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『長短経』懼戒昔、秦は聖人の道を絶ち、術士を殺し、詩・書を燔き、礼義を棄て、詐力を尚び、刑罰に任せ、負海の粟を転じて、之を西河に致す。是の時に当たりて、男子は疾く耕すも糟糠に足らず、女子は紡績するも以て形を蓋うに足らず。蒙恬を遣わして長城を築かしむること東西数千里、兵師を暴露すること常に数十万。死者は勝げて数うべからず。殭屍千里、流血頃畝。百姓力竭き、故に乱を為さんと欲する者十家にして五。又た徐福をして海に入りて異物及び延年益寿の薬を求めしむ。還りて偽辞を為して曰く『臣、海中の大神に見ゆ。曰く、令名の振男女と百工の事とを以てせば、即ち之を得ん』と。秦皇大いに悦び、振男女三千人を遣わし、之に資するに種種の百工を以てして行かしむ。徐福、平原広沢を得て、止まりて王たりて来たらず。是に於て百姓悲痛相思い、乱を為さんと欲する者十家にして六。又た尉佗をして五嶺を踰えて百越を攻めしむ。尉佗、中国の労極まるを知り、止まりて王たりて来たらず。人をして上書せしめ、女の夫家無き者三万人を求めて、以て士卒の衣補と為す。秦皇、其の万五千人を可とす。是に於て百姓離心瓦解し、乱を為さんと欲する者十家にして七。