長短経 / 覇図
田常簒齊、六卿分晉、並為戰國。此人之始苦也。〔齊侯與晏子坐於露寝公嘆曰、「美哉兹室!其誰有此乎!」晏子曰、「如君之言、其陳氏乎?陳氏雖無大徳、而有施於人、豆區釡鍾之數、其取之公也薄、其施之人也厚。公厚斂馬陳氏厚施焉、人歸之矣。《詩》云、『雖無徳與汝、式歌且舞。』陳氏之施、人歌舞之矣。後世若少墮陳氏而不亡、則國其國也已。」後果簒齊。
新字:田常簒斉、六卿分晋、並為戦国。此人之始苦也。〔斉侯与晏子坐於露寝公嘆曰、「美哉茲室!其誰有此乎!」晏子曰、「如君之言、其陳氏乎?陳氏雖無大徳、而有施於人、豆区釡鍾之数、其取之公也薄、其施之人也厚。公厚斂馬陳氏厚施焉、人帰之矣。《詩》云、『雖無徳与汝、式歌且舞。』陳氏之施、人歌舞之矣。後世若少堕陳氏而不亡、則国其国也已。」後果簒斉。
書き下し
田常、斉を簒い、六卿、晋を分かち、並びに戦国と為る。此れ人の始めて苦しむなり。〈斉侯、晏子と露寝に坐す。公嘆じて曰く「美なるかな、茲の室。其れ誰か此を有たんか」と。晏子曰く「君の言の如くんば、其れ陳氏か。陳氏は大徳無しと雖も、而れども人に施す有り。豆区釜鍾の数、其の之を公に取るや薄く、其の之を人に施すや厚し。公は厚く斂め、陳氏は厚く施す。人之に帰せん。詩に云う『汝に徳を与うる無しと雖も、式ち歌い且つ舞わん』と。陳氏の施し、人之を歌舞す。後世、若し少しく陳氏に堕ちて亡びずんば、則ち国は其の国なるのみ」と。後、果たして斉を簒う。
現代語訳
田常が斉を奪い、六卿が晋を分け、ともに戦国となった。これが民の苦しみの始まりである。〈斉侯が晏子と正殿に座っていた。公は嘆じて言った。「美しいな、この部屋は。誰がこれを保つのだろう」。晏子は言った。「君のお言葉どおりなら、陳氏でしょう。陳氏に大きな徳はありませんが、人に施すことがあります。枡や釜の量にしても、公から取るときは少なく、人に施すときは多い。公は厚く取り立て、陳氏は厚く施す。民は陳氏に帰します。詩に『あなたに徳を与えられなくても、歌い舞おう』とあります。陳氏の施しを、民は歌い舞っているのです。のちの世で、少しでも陳氏に傾いて滅びないなら、国は陳氏の国になるだけです」。のちに果たして斉を奪った。
解説

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