長短経 / 正論
是以繁簡唯時、寛猛相濟、刑書鐫鼎、事有可詳、三章在令、取貴能約。大叔致猛政之襃國子流遺愛之涕。宣孟改冬日之和、平陽修畫一之法。斯實弛張之𢎞致、庶可以徴其統乎?數子之言、當世失得、皆悉究矣。然多謬通方之訓、好申一隅之説。貴清淨者、以席上為腐議、束名實者、以柱下為誕辭。或推前王之風、可行於當年、有引救弊之規、宜流於長世。稽之篤論、將為蔽矣。由此言之、故知有法無法、因時為業、時止則止、時行則行、動不失其時、其道光明。非至精者、孰能通於變哉?
新字:是以繁簡唯時、寛猛相済、刑書鐫鼎、事有可詳、三章在令、取貴能約。大叔致猛政之褒国子流遺愛之涕。宣孟改冬日之和、平陽修画一之法。斯実弛張之弘致、庶可以徴其統乎?数子之言、当世失得、皆悉究矣。然多謬通方之訓、好申一隅之説。貴清浄者、以席上為腐議、束名実者、以柱下為誕辞。或推前王之風、可行於当年、有引救弊之規、宜流於長世。稽之篤論、将為蔽矣。由此言之、故知有法無法、因時為業、時止則止、時行則行、動不失其時、其道光明。非至精者、孰能通於変哉?
書き下し
是を以て繁簡は唯だ時のみ、寛猛相い済う。刑書を鼎に鐫るは、事に詳らかにす可き有り。三章の令に在るは、能く約なるを貴しと取る。大叔は猛政の褒を致し、国子は遺愛の涕を流す。宣孟は冬日の和を改め、平陽は画一の法を修む。斯れ実に弛張の弘致なり。庶わくは以て其の統を徴す可きか。数子の言は、当世の失得、皆な悉く究む。然れども多く通方の訓に謬り、好みて一隅の説を申ぶ。清浄を貴ぶ者は、席上を以て腐議と為し、名実を束ぬる者は、柱下を以て誕辞と為す。或いは前王の風を推して、当年に行う可しとし、救弊の規を引きて、長世に流る可しとする有り。之を篤論に稽うれば、将に蔽と為らんとす。此に由りて之を言えば、故に知る、有法無法、時に因りて業を為し、時止まれば則ち止み、時行けば則ち行き、動いて其の時を失わざれば、其の道は光明なるを。至精なる者に非ずんば、孰か能く変に通ぜんや。
現代語訳
だから繁雑か簡素かはただ時によるのであり、寛大と苛烈は互いに補い合う。刑法の条文を鼎に刻んだのは、事を詳らかにできる場合がある。漢の法三章の令は、簡約であることを貴んだ。子大叔は厳しい政治を褒められ、国子産は遺愛の涙を流させた。趙宣子は冬の日のような和らぎに改め、曹参は画一の法を守った。これこそゆるめと締めの大きな行き着くところである。これによってその大筋を示せるだろうか。諸子の言葉は、当世の得失をすべて究めている。しかし多くは広く通じる教えを誤り、好んで一隅の説を述べる。清らかな静けさを貴ぶ者は儒者の議論を腐った議論とし、名と実を締める者は老子の言葉をでたらめとする。あるいは昔の王の風を推して今の世に行えるとし、弊害を救う方策を引いて長く伝えられるとする。これを篤実な議論に照らせば、覆われたものになるだろう。ここから言えば、法があるようでなく、時に応じて業をなし、時が止まれば止まり、時が行けば行き、動いてその時を外さなければ、その道は輝かしい。きわめて精妙な者でなければ、誰が変化に通じられよう。
解説

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