長短経 / 正論
〔司馬談曰、“墨者儉而難遵、是以其事不可偏循。然其强本節用、不可廢也。夫墨者亦上論堯舜、言其徳行曰、‘堂髙三尺、土堦三等、茅茨不翦、采椽不斵飯土簋、啜土刑、糲粱之食、藜藿之羮夏日葛衣、冬日鹿裘。’其送死、桐棺三寸、舉音不盡其哀。教䘮禮、必以此為萬人率。使天下法若此、則尊卑無别夫世異時移、事業不同、故曰、‘儉而難遵’也。要曰、强本節用、則家給人足之道。此墨家之所長、雖百家莫能廢也。”
新字:〔司馬談曰、“墨者倹而難遵、是以其事不可偏循。然其強本節用、不可廃也。夫墨者亦上論堯舜、言其徳行曰、‘堂高三尺、土階三等、茅茨不翦、采椽不斵飯土簋、啜土刑、糲粱之食、藜藿之羹夏日葛衣、冬日鹿裘。’其送死、桐棺三寸、舉音不尽其哀。教喪礼、必以此為万人率。使天下法若此、則尊卑無別夫世異時移、事業不同、故曰、‘倹而難遵’也。要曰、強本節用、則家給人足之道。此墨家之所長、雖百家莫能廃也。”
書き下し
〈司馬談曰く「墨者は倹にして遵い難し。是を以て其の事は偏く循う可からず。然れども其の本を強くし用を節するは、廃す可からざるなり。夫れ墨者も亦た上は堯舜を論じ、其の徳行を言いて曰く『堂の高きこと三尺、土階三等。茅茨翦らず、采椽斵らず。土簋に飯し、土刑に啜り、糲粱の食、藜藿の羹。夏日は葛衣、冬日は鹿裘』と。其の死を送るや、桐棺三寸、音を挙ぐるも其の哀しみを尽くさず。喪礼を教うるに、必ず此を以て万人の率と為す。天下をして法ること此くの若くならしめば、則ち尊卑別無し。夫れ世異なり時移れば、事業同じからず。故に曰く『倹にして遵い難し』と。要するに曰く、本を強くし用を節すれば、則ち家給し人足るの道なり、と。此れ墨家の長ずる所にして、百家と雖も能く廃する莫きなり」と。
現代語訳
〈司馬談はこう言った。「墨家は倹約だが従いにくい。だからその主張をすべて行うことはできない。しかし根本を強くし費用を節したところは廃せない。墨家もまた堯舜を論じ、その徳行についてこう言う。『堂の高さは三尺、土の階段は三段。茅葺きは刈りそろえず、垂木は削らない。土の器で飯を食べ、土の器で汁をすすり、粗い穀物の食事に藜や豆の葉の吸い物。夏は葛の衣、冬は鹿の皮衣』。その葬式は桐の棺が三寸で、声を挙げても哀しみを尽くさない。喪の礼を教えるのに、必ずこれを万人の基準とする。天下にこれを規範とさせれば、尊卑の別がなくなる。世が異なり時が移れば事業も同じでない。だから『倹約だが従いにくい』という。要するに、根本を強くし費用を節すれば、家々が満ち人が足りる道である。これが墨家の長所であり、百家といえども廃せない」。
解説

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本の中身を見るこの章句が説くこと
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『童子問』卷中倹を守るの方を問ふ。曰く、人家の奢は、大抵閨門より生ず。閨門の奢は、丈夫の軟弱にして、駕御の道を失ふより生ず。丈夫能く厳にして節制有れば、則ち閨門自ら粛みて、奢も亦生ぜず。是れ倹を守るの要なり。然れども閨門の奢は、財を熬り物を靡すに過ぎず。男子の奢は、国を亡ぼし家を敗るに至らざれば、則ち已まず。男子気質柔軟にして、少年の気除かざれば、則ち拘検を忘れ貪慾を縦にし、端慤方正の士に近づくことを喜ばず、志を墜し業を廃し、遊惰放縦、至らざる所無し。乃ち衆悪の淵藪なり。
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『弁名』節儉「礼は其の奢らんよりは寧ろ倹せよ」の如きも、亦た用を節するを謂ふなり。「今や純なるは倹なり」に観て、以て見るべきのみ。又た曰く「富みて礼を好む」と。子路曰く「傷ましいかな貧しきや。生きては以て養ふこと無く、死しては以て礼すること無し」と。曾子曰く「国道無ければ、君子は礼を盈たすを恥づ。国奢れば則ち之に示すに倹を以てし、国倹なれば則ち之に示すに礼を以てす」と。子思曰く「其の礼有りて其の財無ければ、君子行はず。其の礼有り其の財有りて其の時無ければ、君子行はず」と。蓋し礼は必ず物を備ふ。貧しければ則ち備ふべからず。貧しからずと雖も、然れども其の用を節して必ずしも礼を盈たさざる、是れ倹なり。必ず物を備へんと欲して其の用を侈る、是れ奢なり。後儒は諸を古言に本づくるを知らず、徒らに倹は及ばざるの謂なりと謂ひて、礼に就きて過不及を争はんと欲す。其の論遂に通ぜざるを致す。学者諸を察せよ。
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『童子問』卷中問ふ。聖賢の深く聚斂を戒むる所以の者は、何ぞや。曰く、民の怨みを取る所以の者は、聚斂より甚だしきは莫し。夫れ小人の君に事ふるや、聚斂掊克し、唯君を知りて、民の為にするを知らず。殊に知らず、民の為にする者は、便ち君の為にするの実なる所以なることを。未だ民の為にして、君の為にせざる者有らざるなり。又未だ民の為にせずして、能く君の為にする者有らざるなり。故に少しく民の為にすれば、則ち少しく効有り。大いに民の為にすれば、則ち大いに効有り。昔馮驩孟嘗君の為に薛の債券を焚く。後朞年にして孟嘗君相を免ぜられ、国に薛に就く。未だ百里に至らざるに、民老を扶け幼を携へて以て迎ふ。夫れ券を焚くは細事なり。然れども其の民心を得ること、尚ほ此くのごとし。矧んや此より大なる者をや。苟も上聚斂を好めば、則ち民必ず怨む。怨みて已まざれば、則ち怒る。怒れば則ち離る。離るれば則ち叛く。鹿台の財、郿塢の金有りと雖も、豈に能く得て己の有と為さんや。夫れ倹なれば則ち余り有り。余り有れば則ち以て人に施すに足る。奢れば則ち足らず。足らざれば則ち聚斂せざること能はず。此れ聖人の倹を尚びて聚斂を戒むる所以なり。
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『童子問』卷中問ふ。夫の倹を好む者を観るに、大抵皆吝嗇なるは、何ぞや。曰く、倹と嗇とは、其の迹相似て、其の心実に相反す。倹は善の基、嗇は欲の叢なり。倹にして施しを好む者は、真の倹なり。倹にして施すことを知らざるは、亦嗇なるのみ。古人の倹を務むる者は、其の施さんが為なり。倹にして施すことを知らざるは、倹と謂ふべからず。世の鄙夫、倹に託して夫の奢る者を詆るは、一噱に附すべし。倹にして施しを好む者は、誠に大徳の人為り。倹にして施すことを知らざる者は、真の守銭虜なるのみ。
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『十善法語』巻第八・不貪欲戒箕子カ紂王ノ象箸ヲ為テ嘆スル。孟子カ梁恵王ヲ見テ。王何必言利ト云フ。左伝荘公二十四年。魯大夫御孫カ言ニ。倹徳之共也。修悪之大也ト。論語ニ季康子盗ノ多ヲ憂テ。コレヲ孔子ニ問フ。孔子答フ苟子之不欲。雖賞之不窃トアル。老子ニ不貴難得之貨使民不為盗。不見可欲使心不乱トアル。周書ニ不貴異物賤用物民乃足。犬馬非其土性不畜。珍禽奇獣不育于圃。不実遠物則遠人格等トアル。此類ミナ千古ノ格言デ。此戒ノ戒相ナルシヤ。
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『童子問』卷中問ふ。斑固盛んに文帝の倹を称す。古の王者も、亦倹を尚ぶか。曰く、王道は倹を以て本と為す。蓋し奢れば則ち給らず、倹なれば則ち贏り有り。以て我の有余を以て、人人の不足を拯ふべし。己苟も足らずんば、則ち安んぞ能く人の不足を補はん。伝に称す、堯は土階三尺、茅茨剪らず、采椽断たず、監門の食と雖も飽かず、と。未だ必ずしも其の言のごとくならずと雖も、然れども此に由りて以て堯の倹徳を見るべし。孔子曰く、禹は吾間然すること無し。飲食を菲くして、孝を鬼神に致し、衣服を悪しくして、美を黻冕に致し、宮室を卑くして、力を溝洫に尽くす、と。古先の聖王は皆躬自ら倹を務むる者は、蓋し民を養ふの本を植うるなり。故に王道は倹を以て本と為す。文帝紀を観るに、今年の田租の半ばを賜ふと書する者二、田の租税を除くと書する者一。豈に帝躬ら節倹を務めて、軽々しく天下の財を用ひざるの験に非ずや。斯の時に於て、天下富庶にして、黎民乂安し、漢家四百年の国祚を延長せしは、皆文帝の節倹を務めし効なり。