長短経 / 正論
《春秋傳曰、“作事不時、怨讟動于人、則有非言之物而言。”當漢武之時、賦斂繁衆、人民彫弊、故有無形而言至也。其于〈洪範〉言僣則生時妖。此蓋怨讟而生妖之類也。故通于道言正身、則萬物精神形氣、各反其本也。”後漢陳蕃上書曰、“昔春秋之末、周徳衰微、數十年間、無復灾眚者、天所棄也。天之于漢、悢悢無已、故慇懃于變、以悟陛下、除妖去嬖、實在修徳。故《周書》曰、‘天子見怪則修徳、諸侯見怪則修政、大夫見怪則修職、士庻見怪則修身。’神不能傷道、妖不能害徳。”《漢書》曰、“夫動人以行、不以言、應天以實、不以文。此天人之大畧也。”〕
新字:《春秋伝曰、“作事不時、怨讟動于人、則有非言之物而言。”当漢武之時、賦斂繁衆、人民彫弊、故有無形而言至也。其于〈洪範〉言僣則生時妖。此蓋怨讟而生妖之類也。故通于道言正身、則万物精神形気、各反其本也。”後漢陳蕃上書曰、“昔春秋之末、周徳衰微、数十年間、無復災眚者、天所棄也。天之于漢、悢悢無已、故慇懃于変、以悟陛下、除妖去嬖、実在修徳。故《周書》曰、‘天子見怪則修徳、諸侯見怪則修政、大夫見怪則修職、士庻見怪則修身。’神不能傷道、妖不能害徳。”《漢書》曰、“夫動人以行、不以言、応天以実、不以文。此天人之大略也。”〕
書き下し
春秋伝に曰く「事を作すこと時ならず、怨讟人に動けば、則ち非言の物有りて言う」と。漢武の時に当たり、賦斂繁く衆く、人民彫弊す。故に無形にして言う有るに至るなり。其の洪範に於て、僭あれば則ち時妖を生ずと言う。此れ蓋し怨讟して妖を生ずるの類なり。故に道に通ずるは身を正すを言う。則ち万物の精神形気は、各々其の本に反るなり」と。後漢の陳蕃、上書して曰く「昔、春秋の末、周徳衰微し、数十年の間、復た災眚無き者は、天の棄つる所なり。天の漢に于けるや、悢悢として已む無し。故に変に慇懃にして、以て陛下を悟らしむ。妖を除き嬖を去るは、実に徳を修むるに在り。故に周書に曰く『天子は怪を見れば則ち徳を修め、諸侯は怪を見れば則ち政を修め、大夫は怪を見れば則ち職を修め、士庶は怪を見れば則ち身を修む』と。神は道を傷る能わず、妖は徳を害する能わず」と。漢書に曰く「夫れ人を動かすは行を以てし、言を以てせず。天に応ずるは実を以てし、文を以てせず。此れ天人の大略なり」と。〉
現代語訳
春秋伝にこうある。「事を起こすのに時期を外し、怨みの声が人の中で動けば、言葉を発するはずのないものが言葉を発する」。漢の武帝のとき、税の取り立てが多く、民は疲れ果てていた。だから形のないものが言葉を発することが起きたのである。洪範では、身分を越えれば時ならぬ妖が生じるという。これは怨みの声が妖を生む類である。だから道に通じるとは身を正すことをいう。そうすれば万物の精神も形も気も、それぞれ根本に返る」。後漢の陳蕃が上書して言った。「昔、春秋の末に周の徳が衰え、数十年のあいだ災いの兆しさえ現れなかったのは、天が見捨てたからです。天が漢に対しては、いたわしく思って已むことがない。だから異変によって繰り返し陛下を悟らせようとする。妖を除き寵臣を退けるのは、実は徳を修めることにあります。だから周書にこうあります。『天子は怪異を見れば徳を修め、諸侯は怪異を見れば政を修め、大夫は怪異を見れば職を修め、士庶は怪異を見れば身を修める』」。漢書にこうある。「人を動かすのは行いであって言葉ではない。天に応じるのは実であって文ではない。これが天と人の大筋である」。〉
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『長短経』正論漢武の時、巫、上の為に神君を致す。神君は但だ其の声を聞くのみにして、其の形を見ず。荀悦曰く「易に称す『天道有り、地道有り、人道有り』と。各々其の理に当たりて相い乱れず。乱るれば則ち気の変ありて然り。夫の大石自ら立ち、僵柳復た生ずるが若きは、此れ形の異なり。男化して女と為り、死して復た生くるは、此れ含気の異なり。鬼神髣髴として人間に在り、言語声音するは、此れ精神の異なり。夫れ形神の異は、各々類を以て感ず。善なれば則ち吉を生じ、悪なれば則ち凶を生ず。精気の際、自然の符異なり。故に天の理に逆らえば、則ち神は其の節を失いて、妖神妄りに興る。地の理に逆らえば、則ち形は其の節を失いて、妖形妄りに生ず。中和の理に逆らえば、則ち含気は其の節を失いて、妖物妄りに出づ。此れ其の大旨なり。若し夫れ神君の類は、精神の異なり」と。
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『長短経』正論漢書に曰く「天人の際は、精祲以て相い盪かす有り、善悪以て相い推す有り。事は下に作り、象は上に動く。陰陽の理は、各々其の感に応ず。陰変ずれば則ち静なる者動き、陽蔽わるれば則ち明なる者晻し。水旱の災いは、類に随いて至る。故に曰く、日蝕・地震は皆な陽微かにして陰盛んなるなり、と。臣は君の陰なり。子は父の陰なり。妻は夫の陰なり。夷狄は中国の陰なり。春秋に日蝕三十六、地震五十二。或いは夷狄中国を侵し、或いは政権臣下に在り、或いは婦夫に乗じ、或いは臣子君父に背く。事は同じからずと雖も、其の類は一なり。是を以て明王位に即けば、五事を正す。五事は貌・言・視・聴・思なり。大中を建てて以て天心を承くれば、則ち庶徴は下に序し、日月は上に理まる。如し人君、後宮に淫溺し、般楽遊田し、五事を躬に失い、大中の道立たざれば、則ち咎徴降りて六極至る。凡そ災異の発するは、各々過失に象り、類を以て人に告ぐ」と。
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『長短経』正論管輅曰く「貴人に事有れば、其の応は天に在り。天に在れば則ち日月星辰なり。兵動き人憂うれば、其の応は物に在り。物に在れば則ち山林鳥獣なり」と。又た曰く「夫れ天に大象有りと雖も言う能わず。故に星精を上に運らし、神明を下に流し、風雲を駆りて以て異を表し、鳥獣を役して以て霊を通ず。異を表す者は必ず沈浮の候有り、霊を通ずる者は必ず宮商の応有り。是を以て宋襄、徳を失いて、六鶂退き飛び、伯姫将に焚かれんとして、鳥は其の災いを唱う。四国未だ火せずして、融風已に発す。赤雲日を夾めば、殃いは荊楚に在り。此れ乃ち上天の使う所、自然の明符なり」と。
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『長短経』正論後漢の竇武、上書して曰く「間者、嘉禾・芝草・黄龍の瑞、見るる有り。夫れ瑞の生ずるは必ず嘉土に於てし、福の至るは実に吉人に由る。徳に在れば瑞と為り、徳無ければ災いと為る。陛下の行う所、天意に合わず。慶を称するに宜しからず」と。
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『長短経』正論周物の智と雖も、其の推変を研むる能わず。山川の奥も、未だ其の紆険に況うるに足らず。則ち裕に応じ事に適うは、常条を以てし難し。何を以て之を言うか。若し夫れ玄聖の代を御するは、則ち大同極軌にして、施舎の道、宜しく殊典無かるべし。而るに損益迭いに運り、文樸遞いに行わる。明を用い晦に居るは、曩時に迴遹し、戈を興し爼を陳ぬるは、上世に参差す。黄屋を戴き、絺衣を服するに至るに及び、豊薄斉しからずして、治を致すは則ち一なり。亦た公族を宥し、国讐を黥する有り。寛躁已に隔たるも、非を防ぐは必ず同じ。此れ其の波を分かちて源を共にし、百慮にして一致する者なり。若し乃ち偏情矯用すれば、則ち枉直必ず過ぐ。故に葛屨もて霜を履むは、弊は崇儉に由る。楚楚たる衣裳は、戒めは窮奢に在り。禁を疎にし下を厚くすれば、以て尾大にして弱を陵ぐ。威を斂め法を峻にすれば、以て苛薄にして分崩す。斯れ曹魏の刺、国風に明らかなる所以、周秦の末軌、微滅に彰るる所以なり。故に用捨の端、興敗焉に資る。
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『長短経』正論伝に曰く「田猟に宿せず、飲食に享せず、出入に節あらず、人の農時を奪い、及び奸謀有らば、則ち本は曲直ならず」と。又た曰く「法律を棄て、功臣を逐い、太子を殺し、妾を以て妻と為さば、則ち火は炎上せず」と。又た曰く「宮室を治め、台榭を飾るを好み、内に淫乱し、親戚を犯し、父兄を侮らば、則ち稼穡成らず」と。又た曰く「攻戦を好み、百姓を軽んじ、城郭を飭え、辺城を侵さば、則ち金は従革せず」と。又た曰く「宗廟を簡にし、禱祠せず、祭祀を廃し、天時に逆らわば、則ち水は潤下せず」と。