長短経 / 正論
管輅曰、“貴人有事、其應在天。在天則日月星辰也。兵動人憂其應在物。在物則山林鳥獸也。”又曰、“夫天雖有大象而不能言、故運星精於上、流神明于下、驅風雲以表異、役鳥獸以通靈。表異者必有沉浮之候通靈者必有宫商之應。是以宋襄失徳、六鶂退飛、伯姬將焚、鳥唱其灾四國未火、融風已發、赤雲夾日、殃在荆楚。此乃上天之所使、自然之明符也。”
新字:管輅曰、“貴人有事、其応在天。在天則日月星辰也。兵動人憂其応在物。在物則山林鳥獣也。”又曰、“夫天雖有大象而不能言、故運星精於上、流神明于下、駆風雲以表異、役鳥獣以通霊。表異者必有沈浮之候通霊者必有宮商之応。是以宋襄失徳、六鶂退飛、伯姫将焚、鳥唱其災四国未火、融風已発、赤雲夾日、殃在荆楚。此乃上天之所使、自然之明符也。”
書き下し
管輅曰く「貴人に事有れば、其の応は天に在り。天に在れば則ち日月星辰なり。兵動き人憂うれば、其の応は物に在り。物に在れば則ち山林鳥獣なり」と。又た曰く「夫れ天に大象有りと雖も言う能わず。故に星精を上に運らし、神明を下に流し、風雲を駆りて以て異を表し、鳥獣を役して以て霊を通ず。異を表す者は必ず沈浮の候有り、霊を通ずる者は必ず宮商の応有り。是を以て宋襄、徳を失いて、六鶂退き飛び、伯姫将に焚かれんとして、鳥は其の災いを唱う。四国未だ火せずして、融風已に発す。赤雲日を夾めば、殃いは荊楚に在り。此れ乃ち上天の使う所、自然の明符なり」と。
現代語訳
管輅はこう言った。「貴人に事が起これば、その対応は天に現れる。天にあるものは日月星辰である。兵が動き人が憂えれば、その対応は物に現れる。物にあるものは山林と鳥獣である」。またこう言った。「天には大きな形があるが言葉を発せない。だから星の精を上でめぐらせ、神明を下に流し、風雲を駆って異変を示し、鳥獣を使って霊を通わせる。異変を示すには必ず浮き沈みの兆しがあり、霊を通わせるには必ず音階の呼応がある。だから宋の襄公が徳を失ったときは六羽の鶂が退いて飛び、伯姫が焼かれようとしたときは鳥がその災いを鳴いて告げた。四つの国がまだ燃えないうちに、南東の風がすでに起こった。赤い雲が日を挟めば、災いは荊楚にある。これは上天が使わしたものであり、自然の明らかなしるしである」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『長短経』正論漢書に曰く「天人の際は、精祲以て相い盪かす有り、善悪以て相い推す有り。事は下に作り、象は上に動く。陰陽の理は、各々其の感に応ず。陰変ずれば則ち静なる者動き、陽蔽わるれば則ち明なる者晻し。水旱の災いは、類に随いて至る。故に曰く、日蝕・地震は皆な陽微かにして陰盛んなるなり、と。臣は君の陰なり。子は父の陰なり。妻は夫の陰なり。夷狄は中国の陰なり。春秋に日蝕三十六、地震五十二。或いは夷狄中国を侵し、或いは政権臣下に在り、或いは婦夫に乗じ、或いは臣子君父に背く。事は同じからずと雖も、其の類は一なり。是を以て明王位に即けば、五事を正す。五事は貌・言・視・聴・思なり。大中を建てて以て天心を承くれば、則ち庶徴は下に序し、日月は上に理まる。如し人君、後宮に淫溺し、般楽遊田し、五事を躬に失い、大中の道立たざれば、則ち咎徴降りて六極至る。凡そ災異の発するは、各々過失に象り、類を以て人に告ぐ」と。
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『長短経』正論春秋伝に曰く「事を作すこと時ならず、怨讟人に動けば、則ち非言の物有りて言う」と。漢武の時に当たり、賦斂繁く衆く、人民彫弊す。故に無形にして言う有るに至るなり。其の洪範に於て、僭あれば則ち時妖を生ずと言う。此れ蓋し怨讟して妖を生ずるの類なり。故に道に通ずるは身を正すを言う。則ち万物の精神形気は、各々其の本に反るなり」と。後漢の陳蕃、上書して曰く「昔、春秋の末、周徳衰微し、数十年の間、復た災眚無き者は、天の棄つる所なり。天の漢に于けるや、悢悢として已む無し。故に変に慇懃にして、以て陛下を悟らしむ。妖を除き嬖を去るは、実に徳を修むるに在り。故に周書に曰く『天子は怪を見れば則ち徳を修め、諸侯は怪を見れば則ち政を修め、大夫は怪を見れば則ち職を修め、士庶は怪を見れば則ち身を修む』と。神は道を傷る能わず、妖は徳を害する能わず」と。漢書に曰く「夫れ人を動かすは行を以てし、言を以てせず。天に応ずるは実を以てし、文を以てせず。此れ天人の大略なり」と。〉
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『長短経』天時若し細雨軍を沐せば、機に臨みて必ず捷有り。迴風相触るれば、道還りて功無し。雲の群羊に類するは、必ず走るの道なり。気の驚鹿の如きは、必ず敗るるの勢いなり。黒雲塁より出で、赤気軍に臨み、六窮に風起こり、三刑に霧起こるは、此れ皆師の出づるを見て其の入るを見ざるなり。烟の若くして烟に非ざるは、此れ慶雲なり。星の若くして星に非ざるは、此れ帰邪なり。霧の若くして霧に非ざるは、此れ泣軍なり。雷の若くして雷に非ざるは、此れ天鼓なり。慶雲開けば、徳有り。帰邪あれば、降人有り。泣軍あれば、多く将を殺す。天鼓あれば、多く軍を敗る。是に知る、風雲の占い、歳月の候、其の来たること久し。故に古は初めて将を立て、始めて門を出でて首めて牙を建つるの時、必ず風雲の気を観る。
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『長短経』正論陰陽家なる者は、蓋し羲和の官に出づ。昊天を敬順し、日月星辰を暦象し、敬みて人時を授く。此れ其の長ずる所なり。拘なる者の之を為すに及びては、則ち禁忌に牽かれ、小数に泥み、人事を捨てて鬼神に任ず。此れ陰陽の弊なり。
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『長短経』察相初め、鄭伯、趙孟を享す。七子、詩を賦す。伯有、鶉之賁賁を賦す。享卒わりて、趙孟、叔向に告げて曰く「伯有は将に戮を為さんとす。詩は以て志を言う。志は其の上を誣いて、公之を怨む。以て賓の栄と為す、其れ能く久しからんや」と。魏の時、管輅、何晏・鄧颺を相して誅に当たるとす。死して、輅の舅、之を問う。答えて曰く「鄧颺の行歩は、節は骨を束ねず、脈は肉を制せず、起立は傾き倚り、手足無きが若し。之を鬼躁と謂う。何の視候は、魂は宅を守らず、血は色に華かならず、精爽は烟のごとく浮き、容は枯木の若し。之を鬼幽と謂う。鬼躁なる者は風に収めらる。鬼幽なる者は火に焼かる。自然の符、蔽う可からざるなり」と。
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『長短経』正論伝に曰く「田猟に宿せず、飲食に享せず、出入に節あらず、人の農時を奪い、及び奸謀有らば、則ち本は曲直ならず」と。又た曰く「法律を棄て、功臣を逐い、太子を殺し、妾を以て妻と為さば、則ち火は炎上せず」と。又た曰く「宮室を治め、台榭を飾るを好み、内に淫乱し、親戚を犯し、父兄を侮らば、則ち稼穡成らず」と。又た曰く「攻戦を好み、百姓を軽んじ、城郭を飭え、辺城を侵さば、則ち金は従革せず」と。又た曰く「宗廟を簡にし、禱祠せず、祭祀を廃し、天時に逆らわば、則ち水は潤下せず」と。