師導古典を学びたいすべての人に

長短経 / 察相

初、鄭伯享趙孟、七子賦詩、伯有賦《鶉之賁賁》。享卒、趙孟吿叔向曰、「伯有將為戮矣。詩以言志、志誣其上、而公怨之、以為賓榮、其能久乎?」魏時管輅相何晏、鄧颺當誅。死、輅舅問之、答曰、「鄧颺行歩、節不束骨、脉不制肉、起立傾倚、若無手足、謂之鬼躁何之視候、䰟不守宅、血不華色、精爽烟浮、容若枯木、謂之鬼幽。鬼躁者、為風所收、鬼幽者、為火所燒。自然之符、不可蔽也。」

新字:初、鄭伯享趙孟、七子賦詩、伯有賦《鶉之賁賁》。享卒、趙孟吿叔向曰、「伯有将為戮矣。詩以言志、志誣其上、而公怨之、以為賓栄、其能久乎?」魏時管輅相何晏、鄧颺当誅。死、輅舅問之、答曰、「鄧颺行歩、節不束骨、脉不制肉、起立傾倚、若無手足、謂之鬼躁何之視候、䰟不守宅、血不華色、精爽烟浮、容若枯木、謂之鬼幽。鬼躁者、為風所収、鬼幽者、為火所焼。自然之符、不可蔽也。」

書き下し

初め、鄭伯、趙孟を享す。七子、詩を賦す。伯有、鶉之賁賁を賦す。享卒わりて、趙孟、叔向に告げて曰く「伯有は将に戮を為さんとす。詩は以て志を言う。志は其の上を誣いて、公之を怨む。以て賓の栄と為す、其れ能く久しからんや」と。魏の時、管輅、何晏・鄧颺を相して誅に当たるとす。死して、輅の舅、之を問う。答えて曰く「鄧颺の行歩は、節は骨を束ねず、脈は肉を制せず、起立は傾き倚り、手足無きが若し。之を鬼躁と謂う。何の視候は、魂は宅を守らず、血は色に華かならず、精爽は烟のごとく浮き、容は枯木の若し。之を鬼幽と謂う。鬼躁なる者は風に収めらる。鬼幽なる者は火に焼かる。自然の符、蔽う可からざるなり」と。

現代語訳

はじめ、鄭伯が趙孟をもてなした。七人の大夫が詩を賦した。伯有は鶉之賁賁を賦した。宴が終わって、趙孟は叔向に告げた。「伯有は処刑されるだろう。詩は志を語るものだ。その志は上を誣いており、公はこれを怨んでいる。それを客をもてなす栄誉としている。長くもつまい」。魏の時代、管輅は何晏と鄧颺を見て、処刑されると言った。二人が死んでから、管輅の伯父がわけを尋ねた。管輅は答えた。「鄧颺の歩き方は、関節が骨を束ねておらず、脈が肉を制しておらず、立ち上がれば傾いてもたれ、手足がないかのようだった。これを鬼躁という。何晏の目の様子は、魂が家を守らず、血が顔色に艶を与えず、精気が煙のように浮き、姿は枯れ木のようだった。これを鬼幽という。鬼躁の者は風に持ち去られ、鬼幽の者は火に焼かれる。自然のしるしは隠せない」。

解説

伯有は宴席で、主君を非難する詩を選んで詠みました。その場を華やかにするつもりで、自分の不満を漏らしたのです。趙孟はそれだけで先を読みました。管輅の見立てのほうは、歩き方と目の様子から死期を読むという、いわゆる相法です。ただ鄧颺についての描写、関節が骨を束ねず、立てば傾いてもたれる、というのは、今なら疲弊しきった人の姿と読めます。体の消耗は隠せない、という観察としては通ります。

この章句が説くこと

察相管輅鬼躁鬼幽伯有

関連する章句

この一句を、あなたの毎日に。

古典の教えを、今の状況に当てはめて考えてみる——師導があなたの学びと選択を支えます。

師導で古典を学ぶ
いま登録すると、7日間すべての機能を無料でお試しいただけます。 無料ではじめる