長短経 / 正論
隂陽家者、蓋出於羲和之官、敬順昊天、歴象日月星辰、敬授人時、此其所長也。及拘者為之、則牽於禁忌、泥於小數、捨人事而任鬼神、此隂陽之弊也。
新字:陰陽家者、蓋出於羲和之官、敬順昊天、歴象日月星辰、敬授人時、此其所長也。及拘者為之、則牽於禁忌、泥於小数、捨人事而任鬼神、此陰陽之弊也。
書き下し
陰陽家なる者は、蓋し羲和の官に出づ。昊天を敬順し、日月星辰を暦象し、敬みて人時を授く。此れ其の長ずる所なり。拘なる者の之を為すに及びては、則ち禁忌に牽かれ、小数に泥み、人事を捨てて鬼神に任ず。此れ陰陽の弊なり。
現代語訳
陰陽家は天文暦法をつかさどる羲和の官から出た。大いなる天を敬い従い、日月星辰を測って暦にし、慎んで人に季節を授ける。これがその長所である。こだわる者がこれをやると、禁忌に引きずられ、小さな術数にはまり込み、人の努力を捨てて鬼神に任せる。これが陰陽家の弊害である。
解説
陰陽家の出発点は暦でした。季節を正確に知らせることは、農業社会では最も実用的な仕事です。それが禁忌と占いに傾くと、人事を捨てて鬼神に任せることになる。長所と弊害は地続きで、どちらも自然の周期を読むという同じ能力から出ています。データを読む力が、いつの間にか運命論に変わる。現代でも起きる転落です。兆しを読むことと、兆しに任せることの間には断絶があります。
この章句が説くこと
正論陰陽家羲和暦禁忌人事
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