長短経 / 正論
自仲尼没而微言絶、七十子䘮而大義乖。戰國縱横、真偽分爭、諸子之言、紛然散亂矣。儒家者、蓋出於司徒之官、助人君順隂陽、明教化者也。遊文於六經之中、留意於仁義之際、祖述堯舜、憲章文武、崇師仲尼、此其最髙也。然惑者既失精微、而僻者又随時抑揚、違離道本、茍以譁衆取寵、此僻儒之患也。
新字:自仲尼没而微言絶、七十子喪而大義乖。戦国縦横、真偽分争、諸子之言、紛然散乱矣。儒家者、蓋出於司徒之官、助人君順陰陽、明教化者也。遊文於六経之中、留意於仁義之際、祖述堯舜、憲章文武、崇師仲尼、此其最高也。然惑者既失精微、而僻者又随時抑揚、違離道本、苟以譁衆取寵、此僻儒之患也。
書き下し
仲尼没して微言絶え、七十子喪せて大義乖く。戦国縦横し、真偽分かれ争い、諸子の言、紛然として散乱す。儒家なる者は、蓋し司徒の官に出づ。人君を助けて陰陽に順い、教化を明らかにする者なり。文を六経の中に遊ばせ、意を仁義の際に留め、堯舜を祖述し、文武を憲章し、仲尼を崇師す。此れ其の最も高きなり。然れども惑う者は既に精微を失い、僻なる者は又た時に随いて抑揚し、道の本に違離し、苟くも衆を譁がせて寵を取る。此れ僻儒の患いなり。
現代語訳
孔子が没して細やかな言葉は絶え、七十人の弟子が死んで大きな意義は食い違った。戦国の世に縦横の説が行われ、真偽が分かれて争い、諸子の言は入り乱れて散らばった。儒家は教育をつかさどる司徒の官から出た。君主を助けて陰陽に従い、教化を明らかにする者である。文を六経のうちに遊ばせ、意を仁義のあたりに留め、堯舜を祖として述べ、文王武王を手本とし、孔子を師と仰ぐ。これがその最も高いところである。しかし迷う者は細やかな本旨を失い、偏った者は時勢に応じて持ち上げたり貶したりして、道の根本から離れ、その場しのぎで大衆を騒がせて寵を得ようとする。これが偏った儒者の弊害である。
解説
ここから諸子百家を一つずつ、出自・長所・弊害の三点で評していきます。儒家の弊害は二つ。細やかな本旨を失うことと、時勢に合わせて評価を上げ下げして人気を取ること。後者が辛辣です。古典を扱う者が時流に合わせて持ち上げたり貶したりするのは、いまも見られる光景でしょう。学んでいる対象ではなく、学び方が批判されています。
この章句が説くこと
正論諸子百家儒家司徒僻儒時流
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