長短経 / 正論
名家者、蓋出於禮官、古者名位不同、禮亦異數。孔子曰、“必也正名乎?”此其所長也。及繳者為之〔繳、音工釣反。、〕則茍鈎鈲析亂而已、此名家之弊也。〔司馬談曰、“名家使人儉而善失真。然其正名實、不可不察夫名家、苛察繳繞、使人不得反其意、専决于名、而失人情、故曰、‘使人儉而善失真’。若夫控名責實、參伍不失、此不可不察也。”鈲、音普覔反。〕
新字:名家者、蓋出於礼官、古者名位不同、礼亦異数。孔子曰、“必也正名乎?”此其所長也。及繳者為之〔繳、音工釣反。、〕則苟鈎鈲析乱而已、此名家之弊也。〔司馬談曰、“名家使人倹而善失真。然其正名実、不可不察夫名家、苛察繳繞、使人不得反其意、専決于名、而失人情、故曰、‘使人倹而善失真’。若夫控名責実、参伍不失、此不可不察也。”鈲、音普覔反。〕
書き下し
名家なる者は、蓋し礼官に出づ。古は名位同じからざれば、礼も亦た数を異にす。孔子曰く「必ずや名を正さんか」と。此れ其の長ずる所なり。繳なる者の之を為すに及びては〈繳は音、工釣の反。〉則ち苟くも鈎鈲析乱するのみ。此れ名家の弊なり。〈司馬談曰く「名家は人をして倹ならしめて善く真を失う。然れども其の名実を正すは、察せざる可からず。夫れ名家は苛察繳繞にして、人をして其の意に反るを得ざらしめ、専ら名に決して、人情を失う。故に曰く『人をして倹ならしめて善く真を失う』と。夫の名を控して実を責め、参伍して失わざるが若きは、此れ察せざる可からざるなり」と。鈲は音、普覓の反。〉
現代語訳
名家は礼をつかさどる礼官から出た。昔は名と位が違えば礼も数が違った。孔子は「必ず名を正そう」と言った。これがその長所である。絡め取る者がこれをやると、無理にこじつけて分け乱すだけになる。これが名家の弊害である。〈司馬談はこう言った。「名家は人を窮屈にさせ、しばしば真実を失わせる。しかし名と実を正したところは、よく見なければならない。名家は細かく詮索して絡み合わせ、人が本意に返れないようにし、もっぱら名目だけで決めて人情を失う。だから『人を窮屈にさせ、しばしば真実を失わせる』という。だが名を手元に控えて実を求め、いくつも突き合わせて取り逃がさないところは、よく見なければならない」。〉
解説
この章句が説くこと
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論語・雍也篇子曰く、觚、觚ならず。觚ならんや、觚ならんや。
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『長短経』定名夫れ理は心に得るも、言に非ずんば暢びず。物は彼に定まるも、言に非ずんば弁ぜず。言志を暢べざれば則ち以て相接する無く、名物を弁ぜざれば、則ち識鑒顕れず。其の所以を原ね、其の由る所を本づくるに、物に自然の名有り、理に必定の称有るに非ざるなり。其の実を弁ぜんと欲すれば、則ち其の名を殊にし、其の志を宣べんと欲すれば則ち其の称を立つ。故に之を称して曰く、道・徳・仁・義・礼・智・信と。
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『呻吟語』外篇・品藻・名實は形影の如し名實は形影の如し。實無きの名は、造物の忌む所にして、矯偽なる者は之を貪り、暗修なる者は之を避く。
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説苑・雜言淳于髡、孟子に謂いて曰く、「名実を先んずる者は、人の為にする者なり。名実を後にする者は、自ら為にする者なり。夫子は三卿の中に在りて、名実未だ上下に加わらずして之を去る、仁者固より此くの如きか」と。孟子曰く、「下位に居りて、賢を以て不肖に事えざる者は、伯夷なり。五たび湯に就き、五たび桀に就く者は、伊尹なり。汙君を悪まず、小官を辞せざる者は、柳下惠なり。三子は道を同じくせざれども、其の趣くところは一なり。一とは何ぞや。曰く仁なり。君子も亦仁のみ、何ぞ必ずしも同じからん」と。曰く、「魯の穆公の時、公儀子政を為し、子思・子庚臣為り、魯の削らるるや滋々甚だし。是くの若きは、賢者の国に益無きなり」と。曰く、「虞は百里奚を用いずして亡び、秦の穆公は之を用いて霸たり。故に賢を用いざれば則ち亡ぶ、削らるる何ぞ得べけんや」と。曰く、「昔者、王豹淇に処りて、河西謳を善くす。綿駒高唐に処りて、齊右歌を善くす。華舟・杞梁の妻、善く其の夫を哭して国俗を変ず。諸を内に有すれば必ず外に形る。其の事を為して其の功無きは、髡未だ睹ざるなり。是の故に賢者無きなり、有らば則ち髡必ず之を識らん」と。曰く、「孔子魯の司寇と為りて用いられず、祭に従いて膰肉至らず、冕を脱がずして行く。其の不善なる者は以て肉の為なりと為し、其の善なる者は以て礼の為なりと為す。乃ち孔子は微罪を以て行かんと欲し、苟くも去るを為さんと欲せざるなり。故に君子の為す所は、衆人固より識る能わざるなり」と。
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