長短経 / 適変
李斯書曰、「韓子稱『慈母有敗子、而嚴家無格虜』者、何也?則罰之加焉必也。故商君之法、刑棄灰於道者。夫棄灰、薄罪也、而被刑、重罰也。夫輕罪且督、而况有重罪乎?故人弗敢犯矣。今不務所以不犯、而事慈母之所以敗子、則亦不察於聖人之論矣。」〔商君之法、皆令為什伍、而相司牧、犯禁相連于不告奸者、明尊卑爵秩等級、各以差次、田宅妻妾衣服、以家次。有功者顯榮、無功者雖富無芬華。務於耕戰。此商君之法也。〕
新字:李斯書曰、「韓子称『慈母有敗子、而厳家無格虜』者、何也?則罰之加焉必也。故商君之法、刑棄灰於道者。夫棄灰、薄罪也、而被刑、重罰也。夫軽罪且督、而況有重罪乎?故人弗敢犯矣。今不務所以不犯、而事慈母之所以敗子、則亦不察於聖人之論矣。」〔商君之法、皆令為什伍、而相司牧、犯禁相連于不告奸者、明尊卑爵秩等級、各以差次、田宅妻妾衣服、以家次。有功者顕栄、無功者雖富無芬華。務於耕戦。此商君之法也。〕
書き下し
李斯の書に曰く「韓子の称する『慈母に敗子有りて、厳家に格虜無し』とは、何ぞや。則ち罰の加わること必なればなり。故に商君の法は、灰を道に棄つる者を刑す。夫れ灰を棄つるは、薄罪なり。而るに刑を被るは、重罰なり。夫れ軽罪すら且つ督す。而るに況んや重罪有るをや。故に人敢えて犯さざるなり。今、犯さざる所以を務めずして、慈母の子を敗る所以を事とすれば、則ち亦た聖人の論に察かならざるなり」と。〈商君の法は、皆な什伍を為さしめて、相い司牧し、禁を犯せば相い連なりて奸を告げざる者に于てす。尊卑爵秩の等級を明らかにし、各々差次を以てす。田宅妻妾衣服は、家次を以てす。功有る者は顕栄し、功無き者は富むと雖も芬華無し。耕戦に務む。此れ商君の法なり。〉
現代語訳
李斯の上書にこうある。「韓非子がいう『慈母には出来の悪い子がおり、厳しい家には手に負えない奴僕はいない』とはどういうことか。罰が必ず加えられるからである。だから商鞅の法は、灰を道に捨てた者を処罰した。灰を捨てるのは軽い罪である。それなのに刑を受けるのは重い罰である。軽い罪でさえ取り締まる。まして重い罪ならなおさらだ。だから人はあえて犯さない。いま犯させない方法に努めず、慈母が子をだめにする方法をやっていては、聖人の論を分かっていないことになる」。〈商鞅の法は、みな五人組十人組を作らせて互いに監視させ、禁を犯せば連座させ、悪事を告げなかった者に適用した。尊卑と爵位の等級を明らかにし、それぞれ順位をつけた。田宅も妻妾も衣服も家の順位による。功のある者は栄え、功のない者は富んでいても華やかさがない。耕作と戦争に努めさせた。これが商鞅の法である。〉
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『韓非子』內儲說上七術第三十殷の法、灰を街に棄つる者を刑す。...仲尼曰く、「...重罰は、人の悪む所なり。而して灰を棄つる無きは、人の易しとする所なり。人をして之の易しとする所を行いて、悪む所に離る無からしむるは、此れ治の道なり。」
-
『韓非子』內儲說上七術第三十魯人積澤を焼く。天北風し、火南に倚り、國を焼かんことを恐る。...仲尼曰く、「夫れ獣を逐う者は楽しみて罰無く、火を救う者は苦みて賞無し。此れ火の救わるる無き所以なり。」...乃ち令を下して曰く、「火を救わざる者は、降北の罪に比し、獣を逐う者は、禁に入るの罪に比せん。」...令下りて未だ遍からざるに、火は巳に救わる。
-
『韓非子』內儲說上七術第三十魏の惠王ト皮に謂いて曰く、「子寡人の聲聞を聞く、亦た何如。」...對えて曰く、「臣王の慈惠なるを聞けり。」...王の功亡ぶるに至らん。...夫れ慈とは忍びずして、とは、與うるを好むなり。忍びざれば則ち過ち有るを誅せず、予うるを好めば則ち功有るを待たずして賞す。
-
『管子』禁藏夫れ易きを先にする者は後に難く、難きを先にして後に易し、萬物盡く然り。明王は其の然るを知る、故に必ず誅して赦さず、必ず賞して遷らざる者は、予うるを喜びて其の殺すを樂しむに非ざるなり、人の為に利を致し害を除く所以なり。以て老を養い弱を長じ、萬民を完活するに於いて、焉より明らかなるは莫し。夫れ法とせざるを法とすれば則ち治まる。法なる者は、天下の儀なり、疑を决して是非を明らかにする所以なり、百姓の命を縣くる所なり、故に明王之を愼む。親戚故貴の為に其の法を易えず、吏は敢えて長官の威嚴を以て其の命を危うくせず、民は珠玉重寳を以て其の禁を犯さず。故に主上の法を視るは、親戚よりも嚴なり。吏の令を舉ぐるは、師長よりも敬なり。民の教を承くるは、神寳よりも重し。
-
『管子』禁藏襍篇四。禁は胷脅の内に藏まりて、禍は萬里の外に避く。能く此を以て彼を制する者は、唯だ能く己を以て人を知る者なり。夫れ冬日の濫せざるは、冰を愛しむに非ざるなり。夏日の煬らざるは、火を愛しむに非ざるなり、身に適せず體に便ならざるが為なり。夫れ明王の宫室を美にせざるは、小を喜ぶに非ざるなり。鐘鼔を聽かざるは、樂を惡むに非ざるなり、其の本事を傷り教に妨ぐるが為なり。故に先ず己に愼みて後に彼にし、官も亦た内に愼みて後に外にし、民も亦た本に務めて末を去る。民を其の樂しむ所に居らしめ、之を其の利する所に事とせしめ、之を其の善とする所に賞し、之を其の惡む所に罰し、之を其の餘財有る所に信じ、之を其の誅無き所に功とす。下に誅無き者は、必ず誅する者なり。誅有る者は、必ずしも誅せざる者なり。刑有るを以て刑無きに至る者は、其の法易くして民全し。刑無きを以て刑有るに至る者は、其の刑煩わしくして姦多し。
-
『長短経』適変此れ商鞅・申・韓の術なり。〈桓範曰く「夫れ商鞅・申・韓の徒は、譎詐を貴び尚び、苛刻を行うに務め、礼義の教えを廃し、刑名の数に任じ、古を師とせず、始めて俗を敗り化を傷る。此れ則ち伊尹・周召の罪人なり。然れども其の君を尊び臣を卑くし、国を富ませ兵を強くし、法を守り術を持するは、取る可き有り。漢の興るに逮び、寗成・郅都の輩有り。商・韓の治に放い、専ら殺伐残暴を以て能と為し、人主の意に順い、旨を希いて行い、時を要め利に趨り、敢行して敗る。禍いなるかな、此れ又た商・韓の罪人なり。然れども其の強族を抑え、孤弱を撫し、己を清くして奸を禁じ、私に背きて公を立つるは、亦た取る有り。晩代の所謂能なる者に至りては、乃ち公家の法を犯し、私門の勢いに赴き、百姓の務めを廃し、人間の事に趨り、煩を決し務めを理め、時に臨みて苟くも弁じ、官をして譴負の累い無からしめ、下人の冤を省みず。復た是れ申・韓・寗・郅の罪人なり」と。〉