長短経 / 適変
〔故曰、所謂天下之至仁者、能合天下之至親、所謂天下之至智者、能用天下之至和、所謂天下之至明者、能舉天下之至賢也。〕故仁者莫大於愛人、智者莫大於知賢、政者莫大於能官。有徳之君、脩此三者、則四海之内、供命而已矣。此之謂「折衝千里之外」。〔夫明王之征、必以道之所廢、誅其君、改其政、弔其人、而不奪其財矣〕故曰、明王之征、猶時雨之降、至則悦矣。此之謂「還師袵席之上」〔言安而無憂也。〕故揚雄曰、「六經之理、貴于未亂、兵家之勝、貴於未戰。」
新字:〔故曰、所謂天下之至仁者、能合天下之至親、所謂天下之至智者、能用天下之至和、所謂天下之至明者、能舉天下之至賢也。〕故仁者莫大於愛人、智者莫大於知賢、政者莫大於能官。有徳之君、脩此三者、則四海之内、供命而已矣。此之謂「折衝千里之外」。〔夫明王之征、必以道之所廃、誅其君、改其政、弔其人、而不奪其財矣〕故曰、明王之征、猶時雨之降、至則悦矣。此之謂「還師袵席之上」〔言安而無憂也。〕故揚雄曰、「六経之理、貴于未乱、兵家之勝、貴於未戦。」
書き下し
〈故に曰く、所謂天下の至仁なる者は、能く天下の至親を合す。所謂天下の至智なる者は、能く天下の至和を用う。所謂天下の至明なる者は、能く天下の至賢を挙ぐるなり、と。〉故に仁者は人を愛するより大なるは莫く、智者は賢を知るより大なるは莫く、政なる者は能く官するより大なるは莫し。有徳の君、此の三者を脩むれば、則ち四海の内、命に供するのみ。此れを之れ「千里の外に衝を折る」と謂う。〈夫れ明王の征は、必ず道の廃るる所を以て、其の君を誅し、其の政を改め、其の人を弔いて、其の財を奪わず。〉故に曰く、明王の征は、猶お時雨の降るがごとし。至れば則ち悦ぶ。此れを之れ「師を袵席の上に還す」と謂う。〈安んじて憂い無きを言うなり。〉故に揚雄曰く「六経の理は、未だ乱れざるを貴び、兵家の勝は、未だ戦わざるを貴ぶ」と。
現代語訳
〈だからこう言う。いわゆる天下の至高の仁者は、天下のもっとも親しむべきものを合わせることができる。いわゆる天下の至高の智者は、天下のもっとも和らいだものを用いることができる。いわゆる天下の至高の明者は、天下のもっとも賢い者を挙げることができる。〉だから仁者にとって人を愛することより大きなことはなく、智者にとって賢者を知ることより大きなことはなく、政治にとって適材を官に就けることより大きなことはない。徳ある君主がこの三つを修めれば、天下は命令に応じるだけになる。これを「千里の外で敵の衝車を折る」という。〈明君の征伐は、必ず道が廃れているところに向かい、その君主を誅し、その政治を改め、その民を慰め、その財を奪わない。〉だからこう言う。明君の征伐は時に降る雨のようなもので、来れば喜ばれる。これを「軍を寝床の上へ帰らせる」という。〈安らかで憂いがないことをいう。〉だから揚雄はこう言った。「六経の道理は、まだ乱れないうちを貴ぶ。兵家の勝利は、まだ戦わないうちを貴ぶ」。
解説

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