長短経 / 適変
昔明王之治人也、必裂土而封之、分屬而理之。使有司月省而時考之、進賢、退不肖。〔然則賢良者悦、不肖者懼矣。〕哀鰥寡、養孤獨、恤貧窮、誘孝弟選才能、此七者修、則四海之内、無刑人矣。上之親下也、如腹心、則下之親上也、如幼子之於慈母矣。其於信也、如四時、而人信之也、如寒暑之必騐故視逺若邇、非道邇也、見明徳也。是以兵革不動而威、用利不施而親、此之謂「明王之守、折衝千里之外者也」。
新字:昔明王之治人也、必裂土而封之、分属而理之。使有司月省而時考之、進賢、退不肖。〔然則賢良者悦、不肖者懼矣。〕哀鰥寡、養孤独、恤貧窮、誘孝弟選才能、此七者修、則四海之内、無刑人矣。上之親下也、如腹心、則下之親上也、如幼子之於慈母矣。其於信也、如四時、而人信之也、如寒暑之必騐故視遠若邇、非道邇也、見明徳也。是以兵革不動而威、用利不施而親、此之謂「明王之守、折衝千里之外者也」。
書き下し
昔、明王の人を治むるや、必ず土を裂きて之を封じ、属を分かちて之を理む。有司をして月に省み時に考えしめ、賢を進め不肖を退く。〈然らば則ち賢良なる者は悦び、不肖なる者は懼るるなり。〉鰥寡を哀れみ、孤独を養い、貧窮を恤み、孝弟を誘い、才能を選ぶ。此の七者修まれば、則ち四海の内、刑人無からん。上の下に親しむや、腹心の如くんば、則ち下の上に親しむや、幼子の慈母に於けるが如し。其の信に於けるや、四時の如くにして、人の之を信ずるや、寒暑の必ず験あるが如し。故に遠きを視ること邇きが若きは、道の邇きに非ず、明徳を見ればなり。是を以て兵革動かずして威あり、利を用いて施さずして親しむ。此れを之れ「明王の守るや、千里の外に衝を折る者なり」と謂う。
現代語訳
昔、明君が民を治めるときは、必ず土地を分けて封じ、管轄を分けて治めさせた。役人に月ごとに点検させ折々に考課させ、賢者を進め愚者を退けた。〈そうすれば賢く良い者は喜び、愚かな者は恐れる。〉やもめを哀れみ、身寄りのない者を養い、貧窮を憐れみ、孝や悌を勧め、才能を選ぶ。この七つが行われれば、天下に刑を受ける者はいなくなる。上が下に親しむことが自分の腹心のようであれば、下が上に親しむことは幼子が慈母に対するようになる。その信は四季のように確かで、民が信じることは寒暑が必ず巡るようである。だから遠い所を近くのように見られるのは、道が近いからではなく、明らかな徳が見えるからである。こうして武器を動かさずに威があり、利を与えなくても親しまれる。これを「明君が守るときは千里の外で敵の衝車を折る」というのである。
解説
この章句が説くこと
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