長短経 / 適変
孔子閒居、謂曽參曰、「昔者明王内修七教、外行三至。七教修而可以守、三至行而可以征。明王之守也、則必折衝千里之外、其征也、還師袵席之上。」曽子曰、「敢問『七教』?」孔子曰、「上敬老則下益孝、上敬齒則下益悌、上樂施則下益亮、上親賢則下擇交、上好徳則下無隠、上惡貪則下恥爭、上亷讓則下知節。此之謂七教也。」〔七教者、治之本也。教定則本正矣。凡上者、人之表也、表正則何物不正也?〕
新字:孔子閒居、謂曽参曰、「昔者明王内修七教、外行三至。七教修而可以守、三至行而可以征。明王之守也、則必折衝千里之外、其征也、還師袵席之上。」曽子曰、「敢問『七教』?」孔子曰、「上敬老則下益孝、上敬歯則下益悌、上楽施則下益亮、上親賢則下択交、上好徳則下無隠、上悪貪則下恥争、上廉譲則下知節。此之謂七教也。」〔七教者、治之本也。教定則本正矣。凡上者、人之表也、表正則何物不正也?〕
書き下し
孔子閒居して、曽参に謂いて曰く「昔者、明王は内に七教を修め、外に三至を行う。七教修まれば以て守る可く、三至行わるれば以て征す可し。明王の守るや、則ち必ず千里の外に衝を折り、其の征するや、師を袵席の上に還す」と。曽子曰く「敢えて七教を問う」と。孔子曰く「上、老を敬すれば則ち下は益々孝、上、歯を敬すれば則ち下は益々悌、上、施を楽しめば則ち下は益々亮、上、賢に親しめば則ち下は交わりを択び、上、徳を好めば則ち下は隠す無く、上、貪を悪めば則ち下は争うを恥じ、上、廉譲なれば則ち下は節を知る。此れを之れ七教と謂うなり」と。〈七教は、治の本なり。教え定まれば則ち本正しきなり。凡そ上は人の表なり。表正しければ則ち何物か正しからざらんや。〉
現代語訳
孔子が静かにしているとき、曽参に言った。「昔、明君は内に七つの教えを修め、外に三つの至りを行った。七教が修まれば守ることができ、三至が行われれば征することができる。明君が守るときは、必ず千里の外で敵の衝車を折り、征するときは、軍を寝床の上へ帰らせる」。曽子は言った。「七教とは何でしょうか」。孔子は言った。「上が老人を敬えば下はますます孝になり、上が年長者を敬えば下はますます悌になり、上が施すことを楽しめば下はますます誠実になり、上が賢者に親しめば下は交わる相手を選び、上が徳を好めば下は隠しごとをせず、上が貪欲を憎めば下は争うことを恥じ、上が清廉で譲れば下は節度を知る。これを七教という」。〈七教は治の根本である。教えが定まれば根本が正しくなる。上は人の手本である。手本が正しければ、正しくならないものがあろうか。〉
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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論語・顔淵篇季康子、盗を患えて、孔子に問う。孔子対えて曰く、「苟くも子の欲せずんば、之を賞すと雖も竊まざらん。」
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『長短経』是非文子曰く「人の上に化するは、其の言に従わず、其の行いに従うなり。故に人君、勇を好めば、而ち国家に難多く、人君、色を好めば、而ち国家昏乱す」と。〔非に曰く〕秦王曰く「吾聞く、楚の鉄剣は利くして倡優は拙なり、と。夫れ鉄剣利ければ則ち士勇み、倡優拙ければ則ち思慮遠し。遠き思慮を以て勇士を御せば、吾、楚の秦を図らんことを恐る」と。
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『韓非子』解老第二十大姦作れば則ち小盗隨い、大姦唱うれば則ち小盜和す。
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荀子・君道篇符節を合わせ、契券を別かつは、信を為す所以なり。上権謀を好めば、則ち臣下百吏の誕詐の人、是に乗じて後に欺く。籌を探り、鉤を投ずるは、公を為す所以なり。上曲私を好めば、則ち臣下百吏是に乗じて後に偏す。衡石称県は、平を為す所以なり。上覆傾を好めば、則ち臣下百吏是に乗じて後に険なり。斗斛敦概は、嘖を為す所以なり。上貪利を好めば、則ち臣下百吏是に乗じて後に豊かに取りて刻く与え、度無きを以て民より取る。故に械数なる者は治の流なり、治の原に非ざるなり。君子なる者は治の原なり。官人は数を守り、君子は原を養う。原清ければ則ち流清く、原濁れば則ち流濁る。故に上礼義を好み、賢を尚び能を使い、貪利の心無ければ、則ち下も亦た将に綦めて辞譲し、忠信を致し、臣子たるに謹まんとす。是くの如くんば則ち小民に在りと雖も、符節を合わせ契券を別かつを待たずして信あり、籌を探り鉤を投ずるを待たずして公なり、衡石称県を待たずして平らかに、斗斛敦概を待たずして正し。故に賞を用いずして民勧み、罰を用いずして民服し、有司労せずして事治まり、政令煩わしからずして俗美なり。百姓敢えて上の法に順わざるは莫く、上の志に象り、上の事に勧みて、之を安楽す。故に藉斂して費を忘れ、事業して労を忘れ、寇難に死を忘る。城郭は飾るを待たずして固く、兵刃は陵ぐを待たずして勁く、敵国は服せしむるを待たずして詘し、四海の民は令を待たずして一なり。夫れ是れを之れ至平と謂う。詩に曰く、「王猶允に塞ち、徐方既に来たる」と。此れを之れ謂うなり。
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『長短経』適変此れ孔氏の術なり。〈議に曰く、孔氏の訓は、徳を務め義を行う。蓋し王道なり。〉墨子曰く「古の人、未だ宮室を為るを知らず、陵阜に就きて居り、穴して処る。故に聖王作りて、宮室を為る。宮室を為るの法は、高きは以て潤湿を避くるに足り、辺は以て風寒を圉ぐに足る。宮牆の高きは、以て男女の礼を別つに足る。此に謹みて則ち止み、以て観楽を為さず。故に天下の人、財用は得て足る可きなり。当今の王の宮室を為るは、則ち此と異なる。必ず百姓に厚く斂めて、以て宮室、台榭曲直の望み、青黄刻鏤の飾りを為る。宮室を為ること此くの若し。故に左右皆な法りて之に象る。是を以て其の財は以て凶饑を待ち孤寡を振うに足らず。故に国貧しくして理め難きなり。宮室を為るには節せざる可からず」と。〈議に曰く、此れ宮室を節する者なり。〉
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孔子家語・王言解曾子曰く、「敢えて問う、何をか七教と謂う。」孔子曰く、「上老を敬すれば則ち下孝を益し、上歯を尊べば則ち下悌を益し、上施を楽しめば則ち下寛を益し、上賢を親しめば則ち下友を択び、上徳を好めば則ち下隠さず、上貪を悪めば則ち下争いを恥じ、上廉譲すれば則ち下節を恥ず。此を之れ七教と謂う。七教なる者は、民を治むるの本なり。政教定まれば、則ち本正し。凡そ上なる者は、民の表なり、表正しければ則ち何物か正しからざらん。是の故に人君先ず仁を己に立て、然る後大夫忠にして士信あり、民敦く俗璞にして、男愨しく女貞なり。六者は、教の致すところなり。諸を天下四方に布きて怨みず、諸を尋常の室に納れて塞がらず、之を等うるに礼を以てし、之を立つるに義を以てし、之を行うに順を以てすれば、則ち民の悪を棄つること、湯の雪に灌ぐが如し。」