長短経 / 適変
〔《文子》曰、「聖人所由曰道、所為曰事。道猶金石、一調不可更、事猶琴瑟、毎調終而改調。故法制禮樂者、理之具也、非所以為理也。」昔曹參相齊、其治要用黄老術、齊國安集。及代蕭何為漢相、參去、屬其後相曰、「以齊、獄市為寄、慎勿少擾也。」後相曰、「治無大於此者乎?」參曰、「不然。夫獄市者、所以并容也。今君擾之、奸人安所容乎?吾是以先之。」
新字:〔《文子》曰、「聖人所由曰道、所為曰事。道猶金石、一調不可更、事猶琴瑟、毎調終而改調。故法制礼楽者、理之具也、非所以為理也。」昔曹参相斉、其治要用黄老術、斉国安集。及代蕭何為漢相、参去、属其後相曰、「以斉、獄市為寄、慎勿少擾也。」後相曰、「治無大於此者乎?」参曰、「不然。夫獄市者、所以并容也。今君擾之、奸人安所容乎?吾是以先之。」
書き下し
〈文子に曰く「聖人の由る所を道と曰い、為す所を事と曰う。道は金石の猶し、一たび調うれば更む可からず。事は琴瑟の猶し、調うる毎に終われば調を改む。故に法制礼楽は、理の具なり。理を為す所以に非ざるなり」と。昔、曹参、斉に相たり。其の治は要ず黄老の術を用い、斉国は安集す。蕭何に代わりて漢の相と為るに及び、参去るに、其の後の相に属して曰く「斉を以て、獄市を寄と為す。慎みて少しも擾す勿かれ」と。後の相曰く「治は此れより大なる者無きか」と。参曰く「然らず。夫れ獄市なる者は、并せ容るる所以なり。今、君之を擾さば、奸人安くにか容るる所ならんや。吾は是を以て之を先にす」と。
現代語訳
〈文子にこうある。「聖人が拠るところを道といい、行うところを事という。道は金や石のようで、一度調えたら変えられない。事は琴のようで、調子を合わせ終わるたびに調子を改める。だから法制や礼楽は治めるための道具であって、治めることそのものではない」。昔、曹参が斉の宰相であったとき、その政治はもっぱら黄老の術を用い、斉の国は安らかにまとまった。蕭何に代わって漢の宰相になるにあたって、曹参は去るとき、後任の宰相に言いつけた。「斉については、牢獄と市場を預かり物としてください。慎んで少しも乱さないように」。後任は言った。「政治にこれより大きなことはないのですか」。曹参は言った。「そうではない。牢獄と市場というのは、あわせて容れる場所なのだ。いまあなたがそこを乱せば、悪人はどこに容れられようか。だから私はそれを先に言ったのだ」。
解説

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
関連する章句
-
『長短経』適変是に由りて之を観れば、秦人は極刑にして天下叛き、孝武は峻法にして獄繁し。此れ其の弊なり。経に曰く「我無為にして人自ずから化し、我静を好みて人自ずから正し」と。参は道を以て其の本を化せんと欲し、其の末を擾すを欲せざるなり。太史公曰く「参、漢の相と為り、清静寡欲にして言は道義に合う。然れども百姓は秦の酷擾を離れ、参は与に休息無為たり。故に天下倶に其の美を称うるなり」と。議に曰く、黄老の風は、蓋し帝道なり。〉
-
『淮南子』氾論訓故に聖人の由る所を道と曰い、爲す所を事と曰う。道は金石のごとく、一たび調えて更めず。事は琴瑟のごとく、絃ごとに調を改む。故に法制禮義なる者は、人を治むるの具にして、治を爲す所以に非ざるなり。故に仁を以て經と爲し、義を以て紀と爲す。此れ萬世 更めざる者なり。若し乃ち人の其の才を考え、時に其の用を省みるは、日々に變ずと雖も可なり。天下 豈に常法有らんや。世事に當たり、人理に得、天地に順い、鬼神に祥なれば、則ち以て正しく治む可し。古者 人 醇にして工 龐、商 樸にして女 重し。是を以て政教 化し易く、風俗 移り易きなり。今世 德 益々衰え、民俗 益々薄し。樸重の法を以て、既に弊るるの民を治めんと欲するは、是れ猶お鏑銜橜策錣無くして馯馬を御するがごとし。
-
『長短経』適変昔、先王は時に当たりて法度を立て、務めに臨みて事を制す。法、其の時に宜しければ則ち理まり、事、其の務めに適えば故に功有り。今、時移りて法変わらず、務め易わりて事は古を以てす。是れ則ち法と時と詭き、事と務めと易わるなり。是を以て法立ちて時は益々乱れ、務め無くして事は益々廃る。此れ聖人の国を理むるや、古に法らず、今に修らず、時に当たりて功を立て、難に在りて能く免る。
-
『長短経』適変皋陶は喑にして大理と為り、天下に虐刑無し。師曠は瞽にして太宰と為り、晋国に乱政無し。〈荘子曰く「天地に大美有れども言わず、四時に明法有れども議せず、万物に成理有れども説かず。聖人は無為、大聖は作さず、天地に観るを之れ謂うなり」と。〉言わざるの令、視ざるの見は、聖人の師と為す所以なり。此れ黄老の術なり。
-
文子・上義老子曰く、国を治むるに常有りて民を利するを本と為し、政教に道有りて令の行わるるを古と為す、苟しくも民に利あらば、必ずしも古に法らず、苟しくも事に周ければ、必ずしも俗に循わず。故に聖人は法は時と与に変じ、礼は俗と与に化し、衣服器械は各おの其の用に便にし、法度制令は各おの其の宜しきに因る、故に古を変ずるは未だ非とす可からず、而して俗に循うは未だ多とするに足らざるなり。先王の書を誦するは其の言を聞くに若かず、其の言を聞くは其の言う所以を得るに若かず、其の言う所以を得れば、言は言う能わざるなり、故に道の道とす可きは常の道に非ず、名の名とす可きは常の名に非ず、と。聖人の由る所を道と曰う、猶お金石のごとし、一たび調えて更む可からず、事は、猶お琴瑟のごとし、終わる毎に調を改む。故に法制礼楽は治の具なり、治を為す所以に非ず、故に曲士は与に至道を論ず可からず、俗に訊寤して教えに束ねらるればなり。
-
『長短経』理乱是の故に、勢い理まる者は、之を委ぬと雖も乱れず。勢い乱るる者は、之を勤むと雖も治まらず。堯・舜は己を拱して無為なるも余り有り、勢い理まればなり。胡亥・王莽は馳騖すれども足らず、勢い乱るればなり。〔商子曰く「法令は人の命なり、治を為すの本なり。一兎走りて百人之を逐うは、兎を以て分かちて百と為す可きに非ず、名分の未だ定まらざるに由るなり。夫れ兎を売る者、市に満つるも、盗も敢えて取らざるは、名分の定まるに由るなり。故に夫れ名分定まるは、勢い治まるの道なり。名分定まらざるは、勢い乱るるの道なり。故に勢い治まる者は乱す可からず、勢い乱るる者は治む可からず。夫れ勢い乱れて之を治めんと欲すれば、愈いよ乱る。勢い治まりて之を治むれば、則ち治まる。故に聖人は治を治めて、乱を治めざるなり。聖人は人の為に法を作る。必ず之をして明白にして知り易く、愚智遍く能くせしむ。故に聖人は天下を立てて天下に刑死する者無し。刑殺す可くして刑殺せざるに非ざるなり。万人皆な禍を辟け福に就く所以を知りて、皆な自ら治まればなり。明主は治に因りて之を治む。故に天下大いに治まるなり」と。〕