長短経 / 適変
而威以刑誅、使知好惡去就。〔虞帝先命禹平水土、后稷播植百榖契班五教、臯陶修刑、故天下太平也。〕是故、大化四凑天下安樂、此王者之術。〔王者、父天母地、調和隂陽、順四時而理五行、養黎元而育羣生、故王之為言、徃也。蓋言其惠澤優游善養潤天下、天下歸徃之、故曰王也。〕
新字:而威以刑誅、使知好悪去就。〔虞帝先命禹平水土、后稷播植百穀契班五教、皋陶修刑、故天下太平也。〕是故、大化四凑天下安楽、此王者之術。〔王者、父天母地、調和陰陽、順四時而理五行、養黎元而育羣生、故王之為言、往也。蓋言其恵沢優游善養潤天下、天下帰往之、故曰王也。〕
書き下し
而して威すに刑誅を以てし、好悪去就を知らしむ。〈虞帝は先ず禹に命じて水土を平らげしめ、后稷は百穀を播植し、契は五教を班き、皋陶は刑を修む。故に天下太平なり。〉是の故に、大化四つながら湊まりて天下安楽なり。此れ王者の術なり。〈王者は天を父とし地を母とし、陰陽を調和し、四時に順いて五行を理め、黎元を養いて群生を育す。故に王の言為るや、往なり。蓋し其の恵沢優游にして善く天下を養い潤し、天下之に帰往するを言う。故に王と曰うなり。〉
現代語訳
そのうえで刑罰によって威し、好むべきものと嫌うべきもの、就くべき道と離れるべき道を知らせる。〈舜はまず禹に命じて治水をさせ、后稷は穀物を播き、契は五つの教えを広め、皋陶は刑を整えた。だから天下は太平だった。〉こうして大きな教化が四方から集まって天下は安らかに楽しむ。これが王者の術である。〈王者は天を父とし地を母とし、陰陽を調え、四季に従って五行を治め、民を養い生きものを育てる。だから王という言葉は、往くという意味である。その恵みがゆったりと天下を養い潤すので、天下がそこへ帰り往く。だから王というのだ。〉
解説

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孟子・滕文公章句上神農の言を為す者許行有り。楚より滕に之き、門に踵りて文公に告げて曰く、「遠方の人、君の仁政を行ふを聞く。願はくは一廛を受けて氓と為らん。」文公之に処を与ふ。其の徒数十人、皆褐を衣、屨を捆ち、席を織りて以て食を為す。陳良の徒陳相と其の弟辛と、耒耜を負ひて宋より滕に之く。曰く、「君聖人の政を行ふと聞く。是れ亦た聖人なり。願はくは聖人の氓と為らん。」陳相許行を見て大いに悦び、尽く其の学を棄てて焉に学ぶ。陳相孟子に見え、許行の言を道ひて曰く、「滕君は則ち誠に賢君なり。然りと雖も、未だ道を聞かざるなり。賢者は民と并び耕して食ひ、饔飧して治む。今や滕に倉廩府庫有り、則ち是れ民を厲まして以て自ら養ふなり。悪くんぞ賢なるを得ん。」孟子曰く、「許子は必ず粟を種ゑて而る後に食ふか。」曰く、「然り。」「許子は必ず布を織りて而る後に衣るか。」曰く、「否。許子は褐を衣る。」「許子は冠するか。」曰く、「冠す。」曰く、「奚をか冠する。」曰く、「素を冠す。」曰く、「自ら之を織るか。」曰く、「否。粟を以て之に易ふ。」曰く、「許子奚為れぞ自ら織らざる。」曰く、「耕すに害あればなり。」曰く、「許子は釜甑を以て爨ぎ、鉄を以て耕すか。」曰く、「然り。」「自ら之を為るか。」曰く、「否。粟を以て之に易ふ。」「粟を以て械器に易ふる者は、陶冶を厲ますと為さず。陶冶も亦た其の械器を以て粟に易ふる者、豈に農夫を厲ますと為さんや。且つ許子何ぞ陶冶を為し、舎皆諸を其の宮中に取りて之を用ひざる。何為れぞ紛紛然として百工と交易する。何ぞ許子の煩はしきを憚らざる。」曰く、「百工の事は、固より耕し且つ為す可からざるなり。」「然らば則ち天下を治むるは独り耕し且つ為す可けんや。大人の事有り、小人の事有り。且つ一人の身にして、百工の為す所備はる。如し必ず自ら為りて而る後に之を用ひば、是れ天下を率ゐて路せしむるなり。故に曰く、或いは心を労し、或いは力を労す。心を労する者は人を治め、力を労する者は人に治めらる。
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