長短経 / 適変
然後教以禮儀。〔故明王審已正統、慎乃在位。宫室輿服、不踰禮制、九女正序于内、三公分職于外。制井田以齊之、設諸侯以牧之、使饒不溢侈、少不匱乏、然後申以辟雍之化、示以揖讓之容、是以和氣四塞、禍亂不生、此聖王之教也。〕
新字:然後教以礼儀。〔故明王審已正統、慎乃在位。宮室輿服、不踰礼制、九女正序于内、三公分職于外。制井田以斉之、設諸侯以牧之、使饒不溢侈、少不匱乏、然後申以辟雍之化、示以揖譲之容、是以和気四塞、禍乱不生、此聖王之教也。〕
書き下し
然る後に教うるに礼儀を以てす。〈故に明王は己を審らかにし統を正し、慎みて乃ち位に在り。宮室輿服は、礼制を踰えず。九女は内に正しく序し、三公は外に職を分かつ。井田を制して以て之を斉しくし、諸侯を設けて以て之を牧す。饒かなるをして溢れ侈らざらしめ、少なきをして匱乏せざらしむ。然る後に申ぶるに辟雍の化を以てし、示すに揖譲の容を以てす。是を以て和気四塞し、禍乱生ぜず。此れ聖王の教えなり。〉
現代語訳
そのうえで礼儀を教える。〈だから明君は自分をはっきりさせて筋道を正し、慎んでその位にある。宮室も車も衣服も礼の制度を越えない。後宮の女たちは内で正しく序列し、三公は外で職掌を分ける。井田の制を定めて土地を均し、諸侯を置いて民を牧する。豊かな者があふれ奢らないようにし、乏しい者が困窮しないようにする。そのうえで大学の教化を広め、譲り合う立ち居振る舞いを示す。だから和らいだ気が四方に満ち、禍乱が起こらない。これが聖王の教えである。〉
解説
衣食が足りた後に礼儀を教える、という順序です。注目したいのは、教える前に上がやっていることの多さでしょう。自分の宮殿も車も衣服も礼の枠を越えない。後宮も朝廷も序列を保つ。豊かな者があふれず、乏しい者が困らないところまで整える。そのうえではじめて譲り合いの作法を示す。教育は最後に来る仕上げであって、条件を整えずに始めるものではない、という構えです。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
適変王道礼儀順序井田教化
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