長短経 / 是非
〔議曰、此一是一非、皆經史自相違者。〕班固云、“昔王道既微、諸侯力政、時君世主、好惡殊方、是以諸家之術、蜂起並作、各引一端、崇其所善、以此馳説、取令諸侯。其言雖殊、譬猶火水相滅、亦能相生也。仁之與義、敬之與和、事雖相反、而皆相成也。”《易》曰、“天下同歸而殊塗一致而百慮。”此之謂也。
新字:〔議曰、此一是一非、皆経史自相違者。〕班固云、“昔王道既微、諸侯力政、時君世主、好悪殊方、是以諸家之術、蜂起並作、各引一端、崇其所善、以此馳説、取令諸侯。其言雖殊、譬猶火水相滅、亦能相生也。仁之与義、敬之与和、事雖相反、而皆相成也。”《易》曰、“天下同帰而殊塗一致而百慮。”此之謂也。
書き下し
〔議に曰く、此れ一は是、一は非、皆な経史の自ら相い違う者なり。〕班固云う「昔、王道既に微にして、諸侯は力政す。時君世主、好悪方を殊にす。是を以て諸家の術、蜂起並び作る。各々一端を引きて、其の善しとする所を崇め、此を以て馳説して、諸侯に取令せんとす。其の言は殊なりと雖も、譬えば猶お火水の相い滅して、亦た能く相い生ずるがごとし。仁と義と、敬と和とは、事は相い反すと雖も、而も皆な相い成すなり」と。易に曰く「天下は帰を同じくして塗を殊にし、致を一にして慮を百にす」と。此れ之を謂うなり。
現代語訳
〔議していう。ここに挙げたのは一方が是で一方が非、みな経書と史書が互いに食い違っているものである。〕班固はこう言った。「昔、王道が衰えて諸侯が力で政治を行った。時の君主たちは好みが分かれた。だから諸家の術が蜂の巣をつついたように一斉に起こった。それぞれ一つの端を引いて、自分のよしとするところを高め、それによって遊説して諸侯に採用させようとした。その言葉は異なっていても、たとえば水と火が互いを消しながら、互いを生みもするようなものである。仁と義、敬と和は、事としては相反していても、みな互いを成り立たせている」。易にこうある。「天下は帰する先を同じくしながら道筋を異にし、行き着くところを一つにしながら思案を百にする」。まさにこのことである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『長短経』是非夫れ損益は塗を殊にし、質文は政を異にす。或いは権を尚びて以て経緯し、或いは道を敦くして以て俗を鎮む。是の故に、前志の教えを垂るる、今は皆な以て違を理む可し。何を以て之を明らかにせん。〔是に曰く〕大雅に云う「既に明かつ哲、以て其の身を保つ」と。易に曰く「天地の大徳を生と曰う」と。〔非に曰く〕語に曰く「士は危うきを見て命を授く」と。又た曰く「君子は身を殺して以て仁を成す有り、生を求めて以て仁を害する無し」と。
-
『長短経』是非傅子曰く「天地は至神なるも、道を同じくして万物を生ずる能わず。聖人は至明なるも、一撿にして百姓を治むる能わず。故に異を以て同を致すは天地の道なり。物に因りて宜しきを致すは聖人の治なり。既に其の道を得れば、相い害するの物有りと雖も、治体を傷つけず。水火の性は相い滅するなり。善く之を用うる者は、鼎釜を其の間に陳ね、之を㸑き之を煮て、能く両つながら其の用を尽くして、相い害せざるなり。天下の物、水火たる者は霊なり。何ぞ相い害するを憂えんや。何ぞ其の用を尽くさざるを患えんや」と。易に曰く「天地は睽きて其の事は同じきなり。男女は睽きて其の志は通ずるなり。万物は睽きて其の事は類するなり」と。〔是に曰く〕
-
『長短経』是非韓子曰く「凡そ人の大体は、取舎同じければ則ち相い是とし、取舎異なれば則ち相い非とするなり」と。易に曰く「同声相応じ、同気相求む。水は湿に流れ、火は燥に就く。雲は龍に従い、風は虎に従う」と。〔非に曰く〕易に曰く「二女同居すれば、其の志同じからず」と。語に曰く「一棲に両雄あらず、一泉に二蛟なし」と。又た曰く「凡そ人情は同を以て相い妒む」と。故に曰く「同美は相い妒み、同貴は相い害し、同利は相い忌む」と。
-
『長短経』是非論語に曰く「君子は固より窮す。小人は窮すれば斯に濫る」と。〔非に曰く〕易に曰く「窮すれば則ち変じ、通ずれば則ち久し。是を以て天より之を祐く、吉にして利あらざる無し」と。太史公曰く「鄙人に言える有り『何ぞ仁義を知らん。其の利を饗くる者を以て徳有りと為す』と。故に伯夷は周を醜として首陽山に餓死す。而れども文武は其の故を以て王を貶せられず。跖・蹻は暴戻なるも、其の徒は義を誦して窮まり無し。此に由りて之を観れば『鈎を竊む者は誅せられ、国を竊む者は諸侯と為る。諸侯の門に仁義存す』とは、虚言に非ざるなり。今、拘学は或いは咫尺の義を抱きて、久しく代に孤なり。豈に論を卑くし俗に儕しくし、代と沈浮して栄名を取るに若かんや」と。
-
『長短経』是非〔是に曰く〕漢書に曰く、陳平云う「吾れ陰謀多し。道家の禁ずる所なり。吾が世は即ち廃亡せん。已んぬるかな、終に復た起こる能わじ。吾れ陰禍多きを以てなり」と。其の後、玄孫、酎金に坐して侯を失う。〔非に曰く〕後漢の范曄、耿弇を論じて曰く「三代の将為るは、道家の忌む所なり。而るに耿氏は累葉、功名を以て自ら終わる。将た其れ兵を用うるや、殺を以て殺を止めんと欲するか。何ぞ其れ独り能く崇きや」と。〔是に曰く〕
-
『長短経』是非〔是に曰く〕越絶書に曰く「女を衒うは貞ならず、士を衒うは信ならず」と。〔非に曰く〕漢書に曰く「大行は細謹せず、大礼は辞を譲らず」と。〔是に曰く〕黄石公曰く「地を広むるを務むる者は荒れ、徳を広むるを務むる者は強し。其の有を有つ者は安く、人の有を貪る者は残なり。残滅の政は、成ると雖も必ず敗る」と。〔非に曰く〕司馬錯曰く「国を富まさんと欲する者は、務めて其の地を広くす。兵を強くせんと欲する者は、務めて其の人を富ます。王たらんと欲する者は、務めて其の徳を博くす。三資備わりて、而る後に王業之に随う」と。