長短経 / 是非
〔是曰〕《漢書》曰、陳平云、“吾多隂謀、道家所禁、吾世即廢亡、已矣、終不能復起、以吾多隂禍也。”其後𤣥孫坐酎金失侯〔非曰〕後漢范曄論耿弇曰、“三代為將、道家所忌。而耿氏累葉以功名自終。將其用兵、欲以殺止殺乎!何其獨能崇也?”〔是曰〕
新字:〔是曰〕《漢書》曰、陳平云、“吾多陰謀、道家所禁、吾世即廃亡、已矣、終不能復起、以吾多陰禍也。”其後玄孫坐酎金失侯〔非曰〕後漢范曄論耿弇曰、“三代為将、道家所忌。而耿氏累葉以功名自終。将其用兵、欲以殺止殺乎!何其独能崇也?”〔是曰〕
書き下し
〔是に曰く〕漢書に曰く、陳平云う「吾れ陰謀多し。道家の禁ずる所なり。吾が世は即ち廃亡せん。已んぬるかな、終に復た起こる能わじ。吾れ陰禍多きを以てなり」と。其の後、玄孫、酎金に坐して侯を失う。〔非に曰く〕後漢の范曄、耿弇を論じて曰く「三代の将為るは、道家の忌む所なり。而るに耿氏は累葉、功名を以て自ら終わる。将た其れ兵を用うるや、殺を以て殺を止めんと欲するか。何ぞ其れ独り能く崇きや」と。〔是に曰く〕
現代語訳
〔是の側。〕漢書にこうある。陳平が言った。「私は陰謀が多い。道家の禁じるところである。私の家は廃れ滅びるだろう。もはやこれまでだ、二度と起こることはできまい。私に隠れた禍が多いからだ」。その後、玄孫が酎金の件に連座して侯の位を失った。〔非の側。〕後漢の范曄は耿弇を論じて言った。「三代にわたって将となるのは、道家の忌むところである。ところが耿氏は代々、功名をもって自ら天寿を全うした。その用兵は、殺すことで殺すことを止めようとしたのだろうか。どうして彼らだけが高く保てたのか」。
解説
陰謀を多く用いた者の家は絶える、という自覚と、代々将軍を出しながら繁栄した家の例が並びます。范曄の推測が興味深い。殺を以て殺を止める。同じ行為でも、目的が違えば結果が違ったのではないか、と。行為そのものに祟りがあるのではなく、何のためにしたかが後を分ける。因果を単純化しない見方です。陳平自身が自分の家の行く末を言い当てていたところも、この対の重さを増しています。
この章句が説くこと
是非陳平陰謀耿弇范曄道家の忌
関連する章句
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『長短経』運命范曄曰く「陳平は陰謀多くして、其の後必ず廃せらるるを知る。邴吉は陰徳有りて、夏侯勝は其の当に封ぜられて其の子孫に及ぶべきを識る。終に陳掌は侯を失い、而して邴昌は国を紹ぐ。類せざる有りと雖も、未だ詰を致すべからず。其の大致は有徳に帰す。袁安は竇氏の間に在りて、乃ち帝室に精しく、義を引き正を推す。王臣の烈と謂うべし。其の楚の獄を理むるに及びて、未だ嘗て人を賦罪に鞠せず。其の仁心は後昆に覃ぶに足る。子孫の盛んなるは、亦た宜ならずや」と。是に由りて之を観れば、夫れ陳平・邴吉及び袁安の後、衰と盛とは乃ち先人の徳に在りて、又た吾の得失に在らず。
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『長短経』是非〔是に曰く〕管子曰く「今を疑う者は之を古に察し、来を知らざる者は之を往に視る」と。古語に曰く「死人と病を同じくする者は、生く可からざるなり。亡国と行いを同じくする者は、存す可からざるなり」と。〔非に曰く〕呂氏春秋に曰く「夫れ人の食を以て死する者有れば、天下の食を禁ぜんと欲するは、悖れり。舟に乗りて死する者有れば、天下の船を禁ぜんと欲するは、悖れり。兵を用いて其の国を喪う者有れば、天下の兵を偃せんと欲するは、悖れり」と。杜恕曰く「夫れ奸臣賊子は、古より今に及ぶまで、未だ嘗て有らずんばあらず。百歳に一人なれば、是れを踵を継ぐと為す。千里に一人なれば、是れを肩を比ぶと為す。而るに挙げて以て戒と為すは、是れ猶お一たび噎びて人の食を禁ずるがごときなり。噎ぶ者少なしと雖も、餓うる者必ず多し」と。
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『長短経』是非〔是に曰く〕陳仲挙は体気高烈にして、王臣の節有り。李元礼は忠平正直にして、社稷の能有り。陳留の蔡伯喈は、仲挙は上を犯すに強く、元礼は下に接するに長ずと以えらく。上を犯すは難しと為し、下に接するは易しと為す。宜しく仲挙を先にして元礼を後にすべし。〔非に曰く〕姚信云う「夫れ皋陶の舜を戒むるは、上を犯すの徴なり。舜の百揆を理むるは、下に接するの効なり。故に陳平、王陵の為に言う『面折庭諍は、我れ公に如かず。劉氏を安んずるに至りては、公は我に如かず』と。若し上を犯すを優と為さば、是れ王陵は当に良・平より高かるべし。朱雲は当に呉・鄧に勝るべけんや」と。〔是に曰く〕
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『長短経』是非夫れ損益は塗を殊にし、質文は政を異にす。或いは権を尚びて以て経緯し、或いは道を敦くして以て俗を鎮む。是の故に、前志の教えを垂るる、今は皆な以て違を理む可し。何を以て之を明らかにせん。〔是に曰く〕大雅に云う「既に明かつ哲、以て其の身を保つ」と。易に曰く「天地の大徳を生と曰う」と。〔非に曰く〕語に曰く「士は危うきを見て命を授く」と。又た曰く「君子は身を殺して以て仁を成す有り、生を求めて以て仁を害する無し」と。
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