長短経 / 是非
〔是曰〕移風易俗、莫善於樂。〔非曰〕孟子曰、“天道因則大、化則細。因也者、因人之情也。”〔是曰〕李尋曰、“夫以喜怒賞誅、而不顧時禁、雖有堯舜之心、猶不能致和平。善言古者、必有效於今、善言天者、必有徵於人。設上農夫欲今冬田、雖肉袒深耕、汗出種之、猶不生者、非人心不至、天時不得也。”《易》曰、“時止則止、時行則行、動靜不失於時、其道光明。”《書》曰、“敬授人時、故古之王者、尊天地、重隂陽、敬四時月令、順之以善政、則和氣可立致、猶枹鼓之相應也。”〔非曰〕
新字:〔是曰〕移風易俗、莫善於楽。〔非曰〕孟子曰、“天道因則大、化則細。因也者、因人之情也。”〔是曰〕李尋曰、“夫以喜怒賞誅、而不顧時禁、雖有堯舜之心、猶不能致和平。善言古者、必有効於今、善言天者、必有徴於人。設上農夫欲今冬田、雖肉袒深耕、汗出種之、猶不生者、非人心不至、天時不得也。”《易》曰、“時止則止、時行則行、動静不失於時、其道光明。”《書》曰、“敬授人時、故古之王者、尊天地、重陰陽、敬四時月令、順之以善政、則和気可立致、猶枹鼓之相応也。”〔非曰〕
書き下し
〔是に曰く〕風を移し俗を易うるは、楽より善きは莫し。〔非に曰く〕孟子曰く「天道は因れば則ち大、化すれば則ち細。因なる者は、人の情に因るなり」と。〔是に曰く〕李尋曰く「夫れ喜怒を以て賞誅して、時禁を顧みざれば、堯舜の心有りと雖も、猶お和平を致す能わず。善く古を言う者は、必ず今に効有り。善く天を言う者は、必ず人に徴有り。設し上農夫、今冬に田せんと欲せば、肉袒して深く耕し、汗を出して之を種うと雖も、猶お生ぜざる者は、人心の至らざるに非ず、天時の得ざればなり」と。易に曰く「時止まれば則ち止まり、時行けば則ち行く。動静時を失わざれば、其の道は光明なり」と。書に曰く「敬みて人時を授く」と。故に古の王者は、天地を尊び、陰陽を重んじ、四時月令を敬み、之に順うに善政を以てすれば、則ち和気立ちどころに致す可し。猶お枹鼓の相い応ずるがごときなり。〔非に曰く〕
現代語訳
〔是の側。〕風俗を移し変えるには、音楽に勝るものはない。〔非の側。〕孟子はこう言った。「天の道は、それに因れば大きく、無理に変化させれば小さくなる。因るとは、人の情に因ることである」。〔是の側。〕李尋はこう言った。「喜怒によって賞し罰し、時の禁忌を顧みなければ、堯舜の心があっても和平をもたらせない。よく古を語る者は必ず今に効き目があり、よく天を語る者は必ず人に証拠がある。仮に上等な農夫が冬に耕作しようとして、肌脱ぎになって深く耕し、汗を流して種を蒔いても、それでも生えないのは、人の心が足りないからではなく、天の時を得ていないからである」。易にこうある。「時が止まれば止まり、時が行けば行く。動と静が時を外さなければ、その道は輝いて明らかである」。書経にこうある。「つつしんで人に時を授ける」。だから昔の王は天地を尊び、陰陽を重んじ、四季と月ごとの令を敬み、それに順って善政を行えば、和やかな気はたちどころにもたらされる。太鼓とばちが応じ合うようなものである。
解説
この章句が説くこと
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『甲陽軍鑑』品第三十九其子細は縦へをとるに矢勢盛には射ぬく者也、矢勢過る時分には浅く立、矢勢過ては己と落る、其ごとく人の果報も久しく無之候、果報の過時分をまたずして盛に取合を始め、天道よりおしおとさるゝ也、信玄が信長·家康と武篇対々ならば、是程早く命は縮るまじけれ共、弓矢には信長·家康両人懸りても信玄には更になり難き故、天道果報をひきし給へば、天より信玄をころし給ふ、其印には輝虎三年の間に病死仕るべく候、
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