長短経 / 是非
趙武靈王欲胡服、公子成不悦。靈王曰、“夫服者所以使國禮者所以使事。聖人觀鄉而順宜、因事而制禮、所以利其人而厚其國。夫剪髮文身、錯臂左袵臨越之人也、黒齒雕題、鯷冠秫縫、大吳之國也。故禮服莫同、而其便一也。鄉異而用變、事異而禮易。是以聖人謀可以利其國、不一其用、謀可以便其禮、不法其故。儒者一師而俗異、中國同禮而離教、况於山谷之便乎?故去就之變、智者不能一、逺邇之服、賢聖莫能同。窮鄉多異俗、曲學多殊辯。今叔父之言、俗也。吾之所言、以制俗也。叔父惡變服之名、以忘效事之實、非寡人之所望也!”公子成遂胡服。
新字:趙武霊王欲胡服、公子成不悦。霊王曰、“夫服者所以使国礼者所以使事。聖人観郷而順宜、因事而制礼、所以利其人而厚其国。夫剪髪文身、錯臂左袵臨越之人也、黒歯雕題、鯷冠秫縫、大呉之国也。故礼服莫同、而其便一也。郷異而用変、事異而礼易。是以聖人謀可以利其国、不一其用、謀可以便其礼、不法其故。儒者一師而俗異、中国同礼而離教、況於山谷之便乎?故去就之変、智者不能一、遠邇之服、賢聖莫能同。窮郷多異俗、曲学多殊弁。今叔父之言、俗也。吾之所言、以制俗也。叔父悪変服之名、以忘効事之実、非寡人之所望也!”公子成遂胡服。
書き下し
趙の武霊王、胡服せんと欲す。公子成、悦ばず。霊王曰く「夫れ服なる者は国を使う所以、礼なる者は事を使う所以なり。聖人は郷を観て宜しきに順い、事に因りて礼を制す。其の人を利して其の国を厚くする所以なり。夫れ髪を剪り身に文し、臂を錯え左袵するは、越に臨むの人なり。歯を黒くし題を雕り、鯷冠秫縫するは、大呉の国なり。故に礼服は同じきこと莫くして、其の便は一なり。郷異なれば用変じ、事異なれば礼易わる。是を以て聖人は、以て其の国を利す可きを謀りて、其の用を一にせず。以て其の礼を便にす可きを謀りて、其の故に法らず。儒者は一師にして俗を異にし、中国は礼を同じくして教を離る。況んや山谷の便に於てをや。故に去就の変は、智者も一にする能わず。遠邇の服は、賢聖も同じくする能わず。窮郷には異俗多く、曲学には殊弁多し。今、叔父の言は俗なり。吾の言う所は、以て俗を制するなり。叔父は変服の名を悪みて、以て事に効すの実を忘る。寡人の望む所に非ざるなり」と。公子成、遂に胡服す。
現代語訳
趙の武霊王が胡服を採用しようとした。公子成は不満だった。武霊王は言った。「服とは国を動かすためのものであり、礼とは事を動かすためのものである。聖人は土地柄を見て適切さに順い、事に応じて礼を定める。民を利し国を厚くするためである。髪を切り体に入れ墨をし、腕を組んで左前に着るのは、越に接した人々である。歯を黒く染め額に彫り物をし、なめし革の冠をかぶり粗く縫うのは、呉の国である。だから礼服は同じでなくても、便利さは一つである。土地が違えば用いるものが変わり、事が違えば礼も変わる。だから聖人は、国を利することを図って用途を一つに固定せず、礼を便利にすることを図って昔のやり方に従わない。儒者は同じ師につきながら習俗が異なり、中国は礼を同じくしながら教えが分かれる。まして山谷の便宜においてはなおさらだ。だから去就の変化は、智者でも一つにできない。遠近の服装は、賢者や聖人でも同じにできない。辺鄙な土地には異なる習俗が多く、偏った学問には違った弁論が多い。いま叔父の言葉は習俗である。私の言うことは習俗を制するものである。叔父は服を変えるという名を嫌って、実際に事の役に立つという実質を忘れている。私が望むところではない」。公子成はついに胡服を着た。
解説

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