長短経 / 是非
〔是曰〕《語》曰、“貧賤之交不可忘、糟糠之妻不下堂。”〔非曰〕《語》曰、“交接廣而信衰于友、爵禄厚而忠衰于君。”〔是曰〕
新字:〔是曰〕《語》曰、“貧賤之交不可忘、糟糠之妻不下堂。”〔非曰〕《語》曰、“交接広而信衰于友、爵禄厚而忠衰于君。”〔是曰〕
書き下し
〔是に曰く〕語に曰く「貧賤の交わりは忘る可からず。糟糠の妻は堂より下さず」と。〔非に曰く〕語に曰く「交接広くして信は友に衰え、爵禄厚くして忠は君に衰う」と。
現代語訳
〔是の側。〕ある書物にこうある。「貧しく賤しかったころの交わりは忘れてはならない。糟糠をともにした妻は堂から下ろさない」。〔非の側。〕ある書物にこうある。「交際が広がると友への信が薄れ、爵禄が厚くなると君への忠が薄れる」。
解説
貧しいころの友と妻を忘れるな、という有名な戒めに、なぜ忘れるのかという分析が続きます。交際が広がると一人ひとりへの信が薄まり、待遇が厚くなると忠が薄まる。裏切ろうと決意するわけではなく、増えたぶんだけ薄まる。だから戒めが要るのです。忘れまいと思っているだけでは足りず、広がった交際を意図的に絞らないと、古い縁から順に消えていきます。
この章句が説くこと
是非貧賤之交糟糠之妻交際信忠
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