長短経 / 是非
《三略》曰、“無使仁者主財、為其多恩施而附于下。”〔非曰〕陶朱公中男殺人、囚於楚。朱公欲使其少子裝黄金千鎰徃視之。其長男固請、乃使行。楚殺其弟。朱公曰、“吾固知必殺其弟。是長與我俱、見苦為生之難、故重其財。如少弟生見我富、乗堅驅良、逐狡兔豈知其財所從來、固輕棄之。今長者果殺其弟、事理然也、無足悲。”〔是曰〕
新字:《三略》曰、“無使仁者主財、為其多恩施而附于下。”〔非曰〕陶朱公中男殺人、囚於楚。朱公欲使其少子装黄金千鎰往視之。其長男固請、乃使行。楚殺其弟。朱公曰、“吾固知必殺其弟。是長与我倶、見苦為生之難、故重其財。如少弟生見我富、乗堅駆良、逐狡兔豈知其財所従来、固軽棄之。今長者果殺其弟、事理然也、無足悲。”〔是曰〕
書き下し
三略に曰く「仁者をして財を主らしむること無かれ。其の恩施多くして下に附するが為なり」と。〔非に曰く〕陶朱公の中男、人を殺して、楚に囚わる。朱公、其の少子をして黄金千鎰を装して往きて之を視しめんと欲す。其の長男固く請う。乃ち行かしむ。楚、其の弟を殺す。朱公曰く「吾、固より必ず其の弟を殺さんことを知る。是れ長は我と俱にして、生を為すの難きに苦しむを見る。故に其の財を重んず。少弟の如きは、生まれて我が富めるを見、堅きに乗り良きを駆り、狡兔を逐う。豈に其の財の従りて来たる所を知らんや。固より軽く之を棄つ。今、長者果たして其の弟を殺す。事理は然るなり。悲しむに足る無し」と。
現代語訳
三略にこうある。「仁者に財政を任せてはならない。恩を施しすぎて下の者に取り込まれるからだ」。〔非の側。〕陶朱公の次男が人を殺して楚に囚われた。朱公は末子に黄金千鎰を持たせて様子を見に行かせようとした。長男が強く願ったので、長男を行かせた。楚は次男を殺した。朱公は言った。「私はもとより弟が殺されると分かっていた。長男は私と苦楽をともにして、生計を立てる難しさを見てきた。だから財を惜しむ。末子のほうは、生まれたときから私が富んでいるのを見て、上等の車に乗り良馬を駆り、すばしこい兎を追ってきた。どうして財がどこから来るかを知ろうか。もとより軽く手放す。いま長男が結局弟を殺した。道理としてそうなる。悲しむには当たらない」。
解説

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
関連する章句
-
『智囊』億中・希卑・范蠡生、其の意を知り、自ら室に入りて金を取りて去らしむ。荘生、孺子に売らるるを羞じ、乃ち入りて楚王に見えて曰く、「王、徳を修めて以て星を禳わんと欲す。乃ち道路喧伝す、陶の富人朱公の子、人を殺して楚に囚われ、其の家は多く金銭を持して王の左右に賂う。故に王赦す。能く楚国の衆を恤うに非ざるなり。特だ朱公の子の故を以てなり。」王大いに怒り、論じて朱公の子を殺さしめ、明日に赦令を下す。是に於いて朱公の長男は竟に弟の喪を持して帰る。其の母及び邑人は尽く哀しむ。朱公独り笑いて曰く、「吾固より必ず其の弟を殺すを知れり。彼は弟を愛さざるに非ず。顧うに少くして我と俱にし、苦しみを見て生を為す難きを知る。故に財を棄つるを重んず。少弟の如きは、生まれて我が富を見、堅きに乗り肥えたるに策つ。豈に財の従りて来たる所を知らんや。吾が少子を遣わさんとせしは、独だ其の能く財を棄つるが為なり。而るに長者は能わず。卒に以て其の弟を殺す。事の理なり。怪しむに足る者無し。吾は日夜固より其の喪の来たるを以て望めり。」〔馮述評〕朱公、既に灼見有り。宜しく婦言に移るべからず。改めて遣わす所以は、長子を殺すを懼るるが故なり。「其の為す所に聴き、争事する勿れ」と、已に明明に道破す。長子自ら教えを奉ぜざるのみ。荘生の縦横の才は朱公に下らず。人を生かし人を殺すは、其の鼓掌に在り。然れども寧ろ好友に負くとも、必ず気を孺子に伸ばさんと欲す。何ぞ徳宇の寛からざるや。噫、其れ斯れを以て縦横の才と為すか。
-
『智囊』億中・希卑・范蠡朱公は陶に居り、少子を生む。少子壮にして、朱公の中男、人を殺し、楚に囚わる。朱公曰く、「人を殺して死するは、職なり。然れども吾聞く、千金の子は市に死せずと。」乃ち千金の装を治め、将に其の少子を遣わして往きて之を視しめんとす。長男固く行かんと請うも、聴かず。公の長子を遣わさずして少弟を遣わすを以て、「是れ吾の不肖なり」と、自殺せんと欲す。其の母、強いて為に言う。公已むを得ず、長子を遣わす。書を為りて故より善き所の荘生に遣わし、因りて長子に語りて曰く、「至らば、則ち千金を荘生の所に進め、其の為す所に聴き、慎みて与に事を争う無かれ。」長男行き、父の言の如くす。荘生曰く、「疾く去りて留まる毋かれ。即し弟出づるも、其の然る所以を問う勿れ。」長男は陽り去るも、荘生を過ぎらずして、私かに楚の貴人の所に留まる。荘生は故より貧なれども、廉直を以て重んぜられ、楚王以下皆な之に師事す。朱公の金を進むるも、受くる意有らざるなり。事成りて復た之を帰して以て信と為さんと欲するのみ。而るに朱公の長男は其の意を解せず、殊に短長無しと以為う。荘生、間を以て入りて楚王に見え、言う、「某星某宿、楚に利あらず。独り徳を為せば之を除くべし。」王は素より生を信ず。即ち使いして三銭の府を封ぜしむ。貴人驚きて公の長男に告げて曰く、「王且に赦さんとす。赦す毎に、必ず三銭の府を封ず。」長男、以為らく赦なれば、弟は固より当に出づべし。千金は虚しく棄てらると。乃ち復た荘生に見ゆ。生驚きて曰く、「若、去らざるか。」長男曰く、「固なり。弟今且に赦されんとす。故に辞し去らんとす。」
-
史記 越王句践世家朱公の長男竟に其の弟の喪を持ちて帰る。至るや、其の母及び邑人尽く之を哀しむ。唯だ朱公独り笑ひて曰く、「吾固より必ず其の弟を殺さんことを知れり。彼其の弟を愛せざるに非ず、顧だ忍ぶ能はざる所の者有るなり。是れ少くして我と倶にし、苦を見、生を為すの難きを知る。故に財を棄つるを重んず。少弟の如き者に至りては、生まれて我が富めるを見、堅に乗り良を駆りて狡兎を逐ふ。豈に財の従りて来る所を知らんや、
-
『長短経』是非語に曰く「禄薄き者は、与に乱に入る可からず。賞軽き者は、与に難に入る可からず」と。慎子曰く「先王は、禄を受けざる者は臣とせず、禄厚からざる者は、与に難に入らざるを見る」と。〔非に曰く〕田単、将に狄を攻めんとし、魯仲子に見ゆ。仲子曰く「将軍、狄を攻むるも、下す能わざらん。何となれば、昔、将軍の即墨に在るや、坐しては蕢を織り、立ちては挿を杖つきて士卒の倡と為る。此れ燕を破りし所以なり。今、将軍は東に掖邑の奉有り、西に蕢上の娯有り、黄金は横帯して、淄・澠の間に馳す。生を楽しむ有りて、死する心無し。勝たざる所以なり」と。後、果たして然り。
-
『十善法語』巻第四・不妄語戒世ニ富饒ナル者ハ妄語少キシヤ。若富家カ信ヲ失ヘハ。家ノ衰兆トナル。家ノ災害トナル。陶朱公ノ長子カ楚ニ往テ荘生ニ見テ。弟ノ命ヲ請ニ。初ニ千金ヲ贈トス。後国ニ大赦ノ行ルルヲ聞テ。再ヒ荘生カ舎ニ至ル。其金ヲ惜ム色アリ。荘生ソノ金ヲ還ス。終ニ弟カ刑ニ就タシヤ。此等ヲ以テ知レ。不妄語ハ富饒ノ家ニ相応スルシヤ。貧人傭力ノ類ハ妄語ヲ耻ヌ者モ多ク。亦其イチシルシキ害モ少キシヤ。タトヒ貧人モ真実語ノ者。一分ノ富饒ノ徳有ト云ヘキシヤ。
-
三略・中略軍勢に曰く、弁士をして敵の美を談説せしむること無かれ、其の衆を惑はすが為なり。仁者をして財を主らしむること勿かれ、其の多く施して下に附くが為なり。