長短経 / 臣行
雖淹留於兩邑、乃致速於天下也。不幸之變、世所不圖、敗於垂成、時變所然。若乃逼之以兵、刼之以威、奓殺傷之殘、以示四海之人、雖二城幾於可㧞、則霸王之事、逝其逺矣。樂生豈不知㧞二城之速了哉?顧城㧞而業乖也。豈不慮不速之致變哉?顧業速與變同也。由是觀之、樂生之不屠二城、未可量也。”
新字:雖淹留於両邑、乃致速於天下也。不幸之変、世所不図、敗於垂成、時変所然。若乃逼之以兵、劫之以威、奓殺傷之残、以示四海之人、雖二城幾於可抜、則覇王之事、逝其遠矣。楽生豈不知抜二城之速了哉?顧城抜而業乖也。豈不慮不速之致変哉?顧業速与変同也。由是観之、楽生之不屠二城、未可量也。”
書き下し
両邑に淹留すと雖も、乃ち速かなるを天下に致すなり。不幸の変は、世の図らざる所なり。垂成に敗るるは、時変の然らしむる所なり。若し乃ち之に逼るに兵を以てし、之を劫かすに威を以てし、殺傷の残を奓にして、以て四海の人に示さば、二城は幾んど抜く可しと雖も、則ち霸王の事は、逝きて其れ遠からん。楽生、豈に二城を抜くの速やかに了るを知らざらんや。顧だ城抜けて業の乖くなり。豈に速やかならざるの変を致すを慮らざらんや。顧だ業の速やかなるは変と同じきなり。是に由りて之を観れば、楽生の二城を屠らざるは、未だ量る可からざるなり」と。
現代語訳
二つの町に長く留まったといっても、それは天下全体では速さを実現していたのである。不幸な変事は、世の予想しなかったところである。成るまぎわに敗れたのは、時勢の変化がそうさせたのである。もし兵で迫り、威で脅し、殺傷の残虐をほしいままにして天下の人に見せつけたなら、二つの城はほとんど落とせたとしても、覇王の事業は去って遠のいただろう。楽毅がどうして二城を落とせば速く終わることを知らなかったろうか。ただ、城が落ちれば事業が食い違うのである。どうして遅いことが変事を招くと心配しなかったろうか。ただ、事業が速いことは変事と同じなのである。ここから見れば、楽毅が二城を屠らなかったことは、まだ測りきれない」と。
解説
城抜けて業の乖くなり。城を落とせば事業のほうが目的から外れる。速く終わらせる方法を知りながら、それを選ばなかったという読みです。そして業の速やかなるは変と同じ。急いで成し遂げることも、変事と同じ危険だという。速さを求めることが、目的そのものを歪める。結果としては失敗しましたが、判断の質は測りきれないと締めます。
この章句が説くこと
臣行楽毅速さ目的夏侯玄二城
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