長短経 / 臣行
是為雖能裁四十萬之命、而適足以强天下之戰。欲以要一朝之功、而乃更堅諸侯之守。故兵進而自伐其勢、軍勝而還喪其計、何者?設使趙衆復合、馬服更生、則後日之戰必非前日之對也、况今皆使天下為後日乎!其所以終不聽復加兵於邯鄲者、非但憂平原之補縫、患諸侯之救至也、徒諱之而不言耳。但長平之事、秦人十五以上、皆荷㦸而向趙矣。夫以秦之强、而十五已上、死傷過半、此為破趙之功小、傷秦之敗大也。又何稱奇哉?”
新字:是為雖能裁四十万之命、而適足以強天下之戦。欲以要一朝之功、而乃更堅諸侯之守。故兵進而自伐其勢、軍勝而還喪其計、何者?設使趙衆復合、馬服更生、則後日之戦必非前日之対也、況今皆使天下為後日乎!其所以終不聴復加兵於邯鄲者、非但憂平原之補縫、患諸侯之救至也、徒諱之而不言耳。但長平之事、秦人十五以上、皆荷戟而向趙矣。夫以秦之強、而十五已上、死傷過半、此為破趙之功小、傷秦之敗大也。又何称奇哉?”
書き下し
是れを、能く四十万の命を裁すと雖も、而も適ま以て天下の戦いを強くするに足ると為す。一朝の功を要めんと欲して、乃ち更に諸侯の守りを堅くす。故に兵進みて自ら其の勢いを伐ち、軍勝ちて還って其の計を喪う。何となれば、設し趙の衆をして復た合せしめ、馬服をして更に生かしめば、則ち後日の戦いは必ず前日の対に非ざらん。況んや今、皆な天下をして後日と為さしむるをや。其の終に復た兵を邯鄲に加うるを聴さざる所以は、但だ平原の補縫を憂え、諸侯の救いの至るを患うるのみに非ず。徒だ之を諱みて言わざるのみ。但だ長平の事、秦人は十五以上、皆な戟を荷いて趙に向かえり。夫れ秦の強きを以てして、十五已上、死傷半ばを過ぐ。此れ趙を破るの功は小にして、秦を傷つくるの敗は大なりと為す。又た何ぞ奇と称せんや」と。
現代語訳
これは、四十万の命を裁くことはできても、かえって天下の戦意を強めるに足りたということである。一朝の功を求めようとして、かえって諸侯の守りを堅くした。だから兵は進んで自らその勢いを削り、軍は勝ってかえってその計略を失った。なぜか。もし趙の軍勢がふたたび集まり、馬服君(趙奢)が生き返ったなら、その後の戦いは以前の相手とは違っただろう。まして今は天下全体をその後日の相手にしてしまった。最後まで邯鄲へ再度の出兵を許さなかった理由は、ただ平原君の守りの立て直しを憂え、諸侯の救援が来るのを心配したからだけではない。ただそれを憚って言わなかっただけである。しかも長平の戦いでは、秦の人は十五歳以上がみな戟を担いで趙に向かった。秦の強さをもってしても、十五歳以上の死傷が半分を超えた。これは趙を破った功が小さく、秦を傷つけた損が大きいということである。どうして奇才と称せよう」。
解説

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