長短経 / 臣行
”徐衆曰、“靳允於曹公、未成君臣。母、至親也、於義應去。昔王陵母為項羽所拘、母以髙祖必得天下、因自殺以固陵志、明心無所係然後可得事人、盡其死節。衛公子開方仕齊、十年不歸、管仲以其不懷其親、安能愛君、不可以為相。是以求忠臣、必於孝子之門。允宜先救至親。徐庶母為曹公所得、劉備乃遣庶歸。欲天下者、恕人子之情、公又宜遣允也。”〔魏太祖征冀州、使程昱留守甄城。張邈叛。太祖迎吕布、布執范令靳允母。太祖遣昱說靳允、無以母故、使固守范允流涕曰、“不敢有二也。”〕
新字:”徐衆曰、“靳允於曹公、未成君臣。母、至親也、於義応去。昔王陵母為項羽所拘、母以高祖必得天下、因自殺以固陵志、明心無所係然後可得事人、尽其死節。衛公子開方仕斉、十年不帰、管仲以其不懐其親、安能愛君、不可以為相。是以求忠臣、必於孝子之門。允宜先救至親。徐庶母為曹公所得、劉備乃遣庶帰。欲天下者、恕人子之情、公又宜遣允也。”〔魏太祖征冀州、使程昱留守甄城。張邈叛。太祖迎呂布、布執范令靳允母。太祖遣昱説靳允、無以母故、使固守范允流涕曰、“不敢有二也。”〕
書き下し
徐衆曰く「靳允の曹公に於けるは、未だ君臣と成らず。母は至親なり。義に於て応に去るべし。昔、王陵の母、項羽の拘する所と為る。母は高祖の必ず天下を得んと以えらく。因りて自殺して以て陵の志を固くす。心に係る所無きを明らかにして、然る後に人に事え、其の死節を尽くすを得可し。衛の公子開方、斉に仕えて十年帰らず。管仲、其の其の親を懐わざるを以て、安くんぞ能く君を愛せんや、以て相と為す可からずとす。是を以て忠臣を求むるは必ず孝子の門に於てす。允は宜しく先ず至親を救うべし。徐庶の母、曹公の得る所と為る。劉備乃ち庶を遣りて帰らしむ。天下を欲する者は、人の子の情を恕せ。公も又た宜しく允を遣るべし」と。〔魏の太祖、冀州を征し、程昱をして甄城に留守せしむ。張邈叛く。太祖、呂布を迎う。布、范の令靳允の母を執う。太祖、昱を遣りて靳允に説かしめ、母の故を以て無く、固く范を守らしむ。允、涕を流して曰く「敢えて二有らざるなり」と。〕
現代語訳
徐衆は言った。「靳允と曹操の関係は、まだ君臣になっていない。母は最も近い肉親である。義から言えば去るべきである。昔、王陵の母が項羽に捕らえられた。母は高祖が必ず天下を取ると考えた。そこで自殺して王陵の志を固めた。心に引っかかるものがないことを明らかにして、そのうえで人に仕え、死をもって節を尽くすことができる。衛の公子開方は斉に仕えて十年帰らなかった。管仲は、その親を思わない者がどうして君を愛せようか、宰相にしてはならない、とした。だから忠臣を求めるなら必ず孝子の家に求める。靳允はまず最も近い肉親を救うべきである。徐庶の母が曹操に捕らえられた。劉備はそこで徐庶を帰らせた。天下を望む者は、人の子の情を思いやれ。曹公もまた靳允を帰らせるべきである」。〔魏の太祖が冀州を征伐し、程昱に甄城を守らせた。張邈が叛いた。太祖は呂布を迎え撃った。呂布は范の県令である靳允の母を捕らえた。太祖は程昱を遣って靳允を説得させ、母のことを理由にせず、固く范を守らせた。靳允は涙を流して「二心はございません」と言った。〕
解説

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『翁問答』下卷之本曽子曰く、戦陣に勇無きは孝に非ざるなり、この賢範の心は、恩にむくひ義理をたつるが孝徳の感通なり、君のおんは親の恩にひとしき広大なる恩徳なり、忠臣はかならず孝子の門より出るものなれば、孝徳あきらかなるものは必ず戦陣に於て武篇をはげみ武功をたつるものなり、もしつねづね孝行忠節のふりありても、戦陣に於て武篇のはげみなきは、真実の孝行にあらずと、いましめはげます義なり、程子武学制に孝経を添いれめされたり、此心は恩をむくひ義理をたつる事を知らざるものは生れつきけなげにても主君の用にたちがたし、却て味方のわざはひになるものなり、しかるによつて孝経をおしへ、恩にむくい義理をたつる本心をあきらかにさせ、血気の勇を化して仁義の勇となすべきためなり、よくよく体認して孝行の端的を得心あるべし。
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言志四録・言志耋録 第十二条 忠と勇も孝なり君に事へて忠ならざるは孝に非ず。戦陣に勇無きは孝に非ず。是れ能く忠に能く勇なるを知れば、則ち是れ之を致すなり。乃ち是れ能なり。
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『翁問答』上卷之本体充問曰士の孝行はいかゞ。師の曰かりそめにも二心なく、我身を棄てゝ君を愛敬する心を失はず職分を能保ち勤め、其長を敬ひ従ひ、傍輩にたのもしく偽りなく、人相和らかに懇ろにして、立ふるまひ言ばつき賤しからず、心立身持義理にかなひ、肝要の礼法芸能抔うとうとしからず、軍陣に臨か又は君長の難に逢へる時は、樊噲おも欺く程の武勇を出し、武功を立、其禄位を保ち、祭祀を守るは士の孝行の大槪なり。
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『囲炉夜話』第百八則・聖經賢傳は古今の命脈の繫る所孝子忠臣は、是れ天地の正氣の鍾まる所、鬼神も亦た之が爲に呵護す。 聖經賢傳は、乃ち古今の命脈の繫る所、人物悉く賴りて以て裁成す。
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『徂徠先生答問書』卷中一孝行の儀御尋に候。成程聖人の教には孝弟忠信を中庸の徳行と名付け、是を貴賤によらず人たる者の勤め行ふべき事といたし申候。君子の道も、是を土台にいたし不申候得ば、高きにのぼるに楷梯なきがごとくに御座候。舜の契を司徒の官になされ、五倫を教へしめ給ふも、孔子の民に中庸の徳なき事を御なげき被成候も同意にて御座候。孝は父母によくつかへ候事、弟は兄長によくつかへ候事、忠は君につかゆるにても、又たれにても、人のためになし候事をば我身の事のごとくに如在なく身にかけ申候事に候。信と申候は、朋友其外あまねくの人にまじはり申候には言語を慎み偽り違候事なきやうに致し候を申候。是にて父母兄弟君臣朋友の道こもり申候故、五倫と申候も、中庸と申候も、孝弟忠信と申候も、ひとつ事にて御座候。
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『洗心洞箚記』卷上・第八十八條声無きに聴き、形無きに視る、子の親に事ふる、情を致し心を尽すこと、乃ち此の如きに至れば、則ち孝に庶し。如し臣の君に於ける、其の志声無きに聴き、形無きに視るに在る者は、多くは是れ便嬖奸佞の小人にして、決して忠臣義士に非ざるなり。親に事ふると君に事ふるとの別、是に於て見るべし。然り而して子の声無きに聴き、形無きに視て、以て親の志を養ふ者は天下に鮮く、臣の声無きに聴き、形無きに視て、以て君の悪に逢ふ者は天下に多し。此れ慨くべきなり。孟子曰く、仕ふれば則ち君を慕ひ、君に得られざれば則ち熱中す、と。嗚呼、斯の言や、鄙夫の肝腸を鑑みる者なり。夫れ熱中は、君に忠なるが如しと雖も忠に非ず、是れ乃ち己を利せざるが為のみ。