長短経 / 君徳
陳武帝起自草菜興創帝業、近代以來、可方何主?虞南曰、「武帝以奇才逺略、懷匡復之志龍躍海隅豹變嶺表、掃重氛於絳闕、復帝座於紫㣲西抗周師、北夷齊冦、宏謀長算、動無遺䇿、實開基之令主、撥亂之雄才。比宋祖則不及、方齊髙則優矣。」
新字:陳武帝起自草菜興創帝業、近代以来、可方何主?虞南曰、「武帝以奇才遠略、懐匡復之志竜躍海隅豹変嶺表、掃重氛於絳闕、復帝座於紫微西抗周師、北夷斉寇、宏謀長算、動無遺策、実開基之令主、撥乱之雄才。比宋祖則不及、方斉高則優矣。」
書き下し
陳の武帝は草莱より起こり、帝業を興創す。近代以来、何の主にか方ぶ可き。虞南曰く「武帝は奇才遠略を以て、匡復の志を懐き、海隅に龍躍し、嶺表に豹変す。重氛を絳闕に掃い、帝座を紫微に復す。西は周師に抗し、北は斉冦を夷らぐ。宏謀長算、動けば遺策無し。実に基を開くの令主、乱を撥むるの雄才なり。宋祖に比ぶれば則ち及ばず、斉高に方ぶれば則ち優れり」と。
現代語訳
陳の武帝は草むらのなかから起こり、帝業を興し創めた。近代以来、どの君主に比べられるか。虞世南は言った。「武帝は奇才と遠大な計略をもって、国を立て直す志を抱き、海の片隅で龍のように躍り、嶺南で豹のように変じた。重い妖気を宮門から掃い、帝の座を天の中心に戻した。西では北周の軍に抗し、北では北斉の侵攻を平らげた。大きな謀と長い計算があり、動けば手落ちがなかった。まことに基を開いた良い君主であり、乱を収める雄大な才である。宋の高祖に比べれば及ばないが、斉の高帝に比べれば優れている」。
解説
陳の武帝への評価です。海の片隅で龍のように躍り、嶺南で豹のように変じた、という表現が印象的で、辺境から身を起こした人物の軌跡を二つの比喩で描いています。豹変は易経の言葉で、悪い意味ではなく、模様がくっきり変わるように鮮やかに転身することを指します。評価が宋祖と斉高の間に置かれるのも、ここまでの比較の積み重ねがあってこそです。
この章句が説くこと
君徳陳武帝虞世南豹変辺境撥乱
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