長短経 / 君徳
髙祖于時、朱方之一匹夫也、無千百之衆、糾合同盟、電擊二州、未及半旬、蕩清京邑、號令羣后長駈江漢、推亡楚于匪隙、㧞衰晉於己頽自軒轅已来、用兵之疾、未始有也。自非雄略不世、天命底止、焉能若此者乎?于是人知攸塈而王迹興矣。」〕
新字:高祖于時、朱方之一匹夫也、無千百之衆、糾合同盟、電撃二州、未及半旬、蕩清京邑、号令羣后長駈江漢、推亡楚于匪隙、抜衰晋於己頽自軒轅已来、用兵之疾、未始有也。自非雄略不世、天命底止、焉能若此者乎?于是人知攸塈而王迹興矣。」〕
書き下し
高祖は時に、朱方の一匹夫なり。千百の衆無く、同盟を糾合し、二州を電撃す。未だ半旬に及ばずして、京邑を蕩清す。群后に号令し、江漢に長駆す。亡楚を匪隙に推し、衰晋を己頽に抜く。軒轅より已来、用兵の疾きこと、未だ始めより有らざるなり。雄略の世に非ず、天命の底止するに非ずんば、焉んぞ能く此くの若き者ならんや。是に於て人は塈まる攸を知りて、王迹興れり」と。〕
現代語訳
劉裕はそのとき、京口の一庶民にすぎなかった。千人も百人もの手勢はなく、同盟を糾合し、二州を電撃した。五日とたたないうちに、都を掃き清めた。諸侯に号令し、長江・漢水へ長駆した。滅びかけた楚をわずかな隙に押し倒し、衰えた晋をすでに崩れかけたところから引き上げた。黄帝以来、用兵の速さでこれに及ぶものはかつてなかった。並外れた計略が世にまれであり、天命がここに落ち着いたのでなければ、どうしてこのようになれよう。こうして人々は落ち着き先を知り、王者の足跡が興ったのである」。〕
解説
前段で桓玄の速さを描いたあとで、劉裕の速さを対置します。桓玄は一年で簒奪し、劉裕は五日で都を取り返した。しかも手勢は千も百もない一庶民から。速さが速さに敗れる構図です。桓玄の速さは、権力の配置を組み替える速さでした。劉裕の速さは、動く速さでした。同じ速さという言葉でも、中身が違う。前者は準備された速さ、後者は準備なしの速さです。
この章句が説くこと
君徳劉裕桓玄速さ匹夫天命
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