長短経 / 君徳
「劉公待劉璋以賔禮、委諸葛而不疑、人君之徳、於斯為美。彼孔明者、命世之奇才、伊、吕之儔匹。臣主同心、魚水為譬、但以國小兵弱、斗絶一隅、支對二方、抗衡上國。若使與曹公易地而處、騁其長算、肆闗、張之武、盡諸葛之文、則霸王之業成矣。」「孫主因厥兄之資、用前朝之佐、介以天險、僅得自存、比於二人、理弗能逮。」
新字:「劉公待劉璋以賓礼、委諸葛而不疑、人君之徳、於斯為美。彼孔明者、命世之奇才、伊、呂之儔匹。臣主同心、魚水為譬、但以国小兵弱、斗絶一隅、支対二方、抗衡上国。若使与曹公易地而処、騁其長算、肆関、張之武、尽諸葛之文、則覇王之業成矣。」「孫主因厥兄之資、用前朝之佐、介以天険、僅得自存、比於二人、理弗能逮。」
書き下し
「劉公は劉璋を待つに賓礼を以てし、諸葛に委ねて疑わず。人君の徳、斯に於て美と為す。彼の孔明なる者は、命世の奇才、伊・呂の儔匹なり。臣主心を同じくし、魚水を譬えと為す。但だ国小さく兵弱く、一隅に斗絶し、二方に支対し、上国に抗衡するを以てす。若し曹公と地を易えて処らしめ、其の長算を騁せ、関・張の武を肆にし、諸葛の文を尽くさしめば、則ち覇王の業成らん」と。「孫主は厥の兄の資に因り、前朝の佐を用い、介するに天険を以てす。僅かに自ら存するを得たり。二人に比ぶれば、理として逮ぶ能わず」と。
現代語訳
「劉備は劉璋を賓客の礼で遇し、諸葛亮に委ねて疑わなかった。君主の徳として、この点は美しい。あの孔明という人は、時代に名を残す奇才で、伊尹や呂望に匹敵する。臣と主が心を同じくし、魚と水にたとえられた。ただ国が小さく兵が弱く、片隅に隔絶して、二つの大勢力に対抗し、大国と張り合った。もし曹操と土地を入れ替えて置き、その長期の計を走らせ、関羽・張飛の武を思うままにさせ、諸葛亮の文を尽くさせたなら、覇王の業は成っただろう」。「孫権は兄の遺産に頼り、前代の補佐を用い、天然の険をはさんだ。かろうじて自分を保つことができただけである。二人に比べれば、道理として及ばない」。
解説
劉備の評価は、能力ではなく委ねたことに置かれます。諸葛亮に委ねて疑わなかった、この一点。前段の曹操が功臣を疑って殺したのと正反対です。そして土地を入れ替えたらという思考実験が、ここでも使われます。条件が同じなら劉備が勝っていた、と。孫権への評価が厳しいのは、兄の遺産と地形に頼っただけだという理由です。受け継いだもので保っただけでは、評価されない。
この章句が説くこと
君徳劉備諸葛亮委任孫権条件
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