長短経 / 君徳
世祖體乾靈之休徳、稟貞和之純精、蹈黄中之妙理、韜亞聖之懿才、其為徳也、聰達而多識、仁智而明恕、重慎而周宻、樂施而愛人。值陽九無妄之世、遭炎精厄㑹之運、殷爾雷發、赫然神舉、奮武略以攘暴、興義兵以掃殘、軍未出於南京、莽已斃於東都。爾乃廟勝而後動衆、計定而後行師、故攻無不䧟之壘、戰無奔北之卒。寛仁以和衆、邁徳以來逺、故竇融聞聲而影附、馬援一見而歎息。敦睦九族、有唐虞之稱、髙尚純朴有羲皇之素、謙虛納下、有吐握之勞、留心庶事、有日昃之勤。是以計功則業殊、比隆則事異、旌徳則靡僭言行則無穢、量事則勢微、論輔則臣弱、卒能效乾圖之休徵、立不刋之遐迹、金石銘其休烈、詩書載其懿勲故曰、光武其優也。
新字:世祖体乾霊之休徳、稟貞和之純精、蹈黄中之妙理、韜亜聖之懿才、其為徳也、聰達而多識、仁智而明恕、重慎而周密、楽施而愛人。値陽九無妄之世、遭炎精厄会之運、殷爾雷発、赫然神舉、奮武略以攘暴、興義兵以掃残、軍未出於南京、莽已斃於東都。爾乃廟勝而後動衆、計定而後行師、故攻無不陥之塁、戦無奔北之卒。寛仁以和衆、邁徳以来遠、故竇融聞声而影附、馬援一見而嘆息。敦睦九族、有唐虞之称、高尚純朴有羲皇之素、謙虚納下、有吐握之労、留心庶事、有日昃之勤。是以計功則業殊、比隆則事異、旌徳則靡僭言行則無穢、量事則勢微、論輔則臣弱、卒能効乾図之休徴、立不刋之遐迹、金石銘其休烈、詩書載其懿勲故曰、光武其優也。
書き下し
世祖は乾霊の休徳を体し、貞和の純精を稟け、黄中の妙理を蹈み、亜聖の懿才を韜む。其の徳為るや、聡達にして識多く、仁智にして明恕、重慎にして周密、施を楽しみて人を愛す。陽九無妄の世に値い、炎精厄会の運に遭う。殷爾として雷発し、赫然として神挙す。武略を奮いて以て暴を攘い、義兵を興して以て残を掃う。軍未だ南京を出でずして、莽已に東都に斃る。爾して乃ち廟勝して後に衆を動かし、計定まりて後に師を行る。故に攻むれば陥れざるの塁無く、戦えば奔北の卒無し。寛仁以て衆を和し、邁徳以て遠きを来たす。故に竇融は声を聞きて影のごとく附き、馬援は一見して歎息す。九族を敦睦して、唐虞の称有り。純朴を高尚して、羲皇の素有り。謙虚にして下を納れ、吐握の労有り。庶事に心を留め、日昃の勤有り。是を以て功を計れば則ち業殊なり、隆を比ぶれば則ち事異なる。徳を旌せば則ち僭ること靡く、言行すれば則ち穢れ無し。事を量れば則ち勢い微に、輔を論ずれば則ち臣弱し。卒に能く乾図の休徴を効し、不刊の遐迹を立つ。金石は其の休烈を銘し、詩書は其の懿勲を載す。故に曰く、光武は其れ優れるなり」と。
現代語訳
世祖(光武帝)は天の霊のめでたい徳を体し、正しく和らいだ純粋な精を受け、中庸の妙理を踏み、聖人に次ぐ美しい才を内に包んでいた。その徳は、聡明で見識が多く、仁と智があって明察と寛恕があり、重々しく慎重で周到綿密、施すことを楽しんで人を愛した。厄運の世にあたり、漢の火徳が危機に遭う運に会った。轟然と雷のように発し、赫々と神のように挙兵した。武略を奮って暴を払い、義兵を起こして残虐を掃った。軍がまだ南京を出ないうちに、王莽はすでに東都で倒れた。そして朝廷で勝算を立ててから兵を動かし、計が定まってから軍を出した。だから攻めて落とせない砦はなく、戦って逃げる兵はなかった。寛やかな仁で人々を和ませ、徳を進めて遠方の者を来させた。だから竇融は評判を聞いて影のように従い、馬援は一目会って感嘆した。一族を睦まじくして、唐虞の名がある。純朴を高く尚んで、伏羲の素朴さがある。謙虚に下の者を受け入れ、食事や洗髪を中断して人に会う労があった。もろもろの事に心を留め、日が傾くまで働く勤めがあった。だから功績を数えれば事業が違い、盛大さを比べれば事情が異なる。徳を表彰しても分不相応なところがなく、言行に汚れがない。事をはかれば勢力は小さく、補佐を論じれば臣下は弱かった。それでもついに天の図のめでたいしるしを実現し、消えることのない遠大な足跡を立てた。金石はその輝かしい功業を刻み、詩書はその美しい勲功を載せている。だから光武帝のほうが優れている」。
解説
この章句が説くこと
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