長短経 / 論士
〔議曰、世之善惡、難得而知、苟非其人、莫見其際、何者?夫文章為武人所嗤、未必鄙也、為揚馬所嗤、此真鄙矣。夫人臣為桀、紂所毁、未必為愚也、必若堯、舜所毁、此真愚矣。世之毁譽、不足信也。故曰、“不夜出、安知有夜行人?”太公曰、“智與衆同、非人師、伎與衆同、非國工老子曰、“下士聞道、大笑之、不笑、不足以為道。”故曰、“凡人所賤、聖人所貴。”信矣哉!〕
新字:〔議曰、世之善悪、難得而知、苟非其人、莫見其際、何者?夫文章為武人所嗤、未必鄙也、為揚馬所嗤、此真鄙矣。夫人臣為桀、紂所毀、未必為愚也、必若堯、舜所毀、此真愚矣。世之毀誉、不足信也。故曰、“不夜出、安知有夜行人?”太公曰、“智与衆同、非人師、伎与衆同、非国工老子曰、“下士聞道、大笑之、不笑、不足以為道。”故曰、“凡人所賤、聖人所貴。”信矣哉!〕
書き下し
〔議に曰く、世の善悪は得て知り難し。苟くも其の人に非ざれば、其の際を見る莫し。何となれば、夫れ文章、武人の嗤う所と為るは、未だ必ずしも鄙ならざるなり。揚・馬の嗤う所と為らば、此れ真に鄙なり。夫れ人臣、桀・紂の毀る所と為るは、未だ必ずしも愚と為さざるなり。必ず堯・舜の毀る所の若くならば、此れ真に愚なり。世の毀誉は信ずるに足らざるなり。故に曰く「夜出でずんば、安くんぞ夜行の人有るを知らん」と。太公曰く「智、衆と同じきは人の師に非ず。伎、衆と同じきは国工に非ず」と。老子曰く「下士は道を聞けば、大いに之を笑う。笑わずんば、以て道と為すに足らず」と。故に曰く「凡人の賤しむ所は、聖人の貴ぶ所なり」と。信なるかな。〕
現代語訳
〔議していう。世の善悪は知りがたい。その人でなければ、その境目は見えない。なぜか。文章が武人にあざ笑われても、必ずしも拙いわけではない。揚雄や司馬相如にあざ笑われれば、これは本当に拙い。臣下が桀や紂にそしられても、必ずしも愚かではない。堯や舜にそしられるようであれば、これは本当に愚かである。世間の毀誉は信じるに足りない。だからこう言う。「夜に出かけなければ、夜道を行く人がいることをどうして知ろう」。太公望はこう言った。「知恵が皆と同じであれば人の師ではない。技が皆と同じであれば国の名工ではない」。老子はこう言った。「下等の士は道を聞くと大いに笑う。笑われないようでは、道とするに足りない」。だからこう言う。「凡人が賤しむものこそ、聖人が貴ぶものである」。まことにそのとおりだ。〕
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『墨子』魯問魯陽文君、子墨子に語げて曰く、「楚の南に人を啖らう國なる者有り。其の國の長子生まるれば、則ち解きて之を食らう。之を宜弟と謂う。美なれば、則ち以て其の君に遺る。君、喜べば則ち其の父を賞す。豈に惡俗ならずや」と。子墨子曰く、「中國の俗と雖も、亦た猶お是のごときなり。其の父を殺して其の子を賞するは、何を以て其の子を食らいて其の父を賞する者に異ならんや。茍くも仁義を用いずんば、何を以て夷人の其の子を食らうを非とせんや」と。
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『墨子』非儒下儒者曰く、「親を親しむに術有り、賢を尊ぶに等有り」と。親疎尊卑の異なるを言うなり。其の禮に曰く、「父母を䘮すること三年、其の後子も三年、伯父・叔父・弟兄・庶子は其れ、戚族の人は五月」と。若し親疏を以て嵗月の數と為さば、則ち親しき者は多くして疏き者は少なからん。是れ妻と後子と父と同じきなり。若し尊卑を以て嵗月の數と為さば、則ち是れ其の妻子を尊ぶこと父母と同じくして、伯父・宗兄を親しみて子を卑しむなり。逆、孰れか焉より大ならん。其の親、死すれば、户を列ねて屋に登らず、井を窺い、䑕穴を挑き、滌器を探りて、其の人を求む。以て實に在りと為さば、則ち戅愚甚だし。如し其れ亡くして、必ず求むれば、偽も亦た大なり。
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『墨子』非儒下孔丘、蔡陳の間に窮し、藜羮に糂せず。十日、子路、為に豚を烹る。孔丘、肉の由りて來たる所を問わずして食らう。人の衣を剝ぎて以て酒を酤う。孔丘、酒の由りて來たる所を問わずして飲む。哀公、孔丘を迎うるに、席、端しからざれば坐せず、割、正しからざれば食らわず。子路、進みて請いて曰く、「何ぞ其れ陳蔡と反するや」と。孔丘曰く、「來たれ、吾れ女に語らん。曩には女と苟くも義を為せり」と。夫れ饑約すれば則ち妄りに取りて以て身を活かすを辭せず、羸飽すれば偽行して以て自ら飾る。汙邪詐偽、孰れか此より大ならん。
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『墨子』耕柱子夏の徒、子墨子に問いて曰く、「君子に鬬有りや」と。子墨子曰く、「君子に鬭無し」と。子夏の徒曰く、「狗狶すら猶お鬬有り。惡んぞ士有りて鬬無からんや」と。子墨子曰く、「傷ましいかな。言えば則ち湯・文に稱し、行えば則ち狗狶に譬う。傷ましいかな」と。
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尚書・秦誓人を責むる斯れ難きこと無し、惟れ責めを受けて流るるが如くならしむる、是れ惟れ艱きかな。
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孟子・盡心章句下貉稽(ハク・ケイ)曰く、「稽大いに口に理あらず。」孟子曰く、「傷むこと無かれ。士は茲の多口に憎まる。詩に云う、『憂心悄悄たり、羣小に慍らる』とは、孔子なり。『肆(ついに)に厥に慍りを殄(たつ)たず、亦た厥の問を隕とさず』とは、文王なり。」