長短経 / 察相
此性靈存乎容止者也。〔范蠡曰、「越王為人、長頸鳥啄可與共患難、不可與共安樂。」尉繚曰、「秦王始皇、隆凖長目、鷙膺豺聲、少恩信、虎狼心。居約易出人下、得志亦輕食人。不可與之久遊。」叔魚生、其母視之曰、「是虎目而豕心、鳶肩而牛腹。谿壑可盈、是不可厭也。」晉叔向欲娶於巫臣氏、其母不欲、曰、「昔有仍氏生女、黰黑而甚美、光可以鑑物名曰𤣥妻。樂正后䕫娶之、生伯封、實有豕心、貪婪無厭、忿類無期、謂之封豕。有窮后羿滅之、䕫是以不祀。且三代之亡、皆是物也。汝何為哉?天有尤物、足以移人。苟非徳義、則必有禍。」叔向懼、乃止。
新字:此性霊存乎容止者也。〔范蠡曰、「越王為人、長頸鳥啄可与共患難、不可与共安楽。」尉繚曰、「秦王始皇、隆凖長目、鷙膺豺声、少恩信、虎狼心。居約易出人下、得志亦軽食人。不可与之久遊。」叔魚生、其母視之曰、「是虎目而豕心、鳶肩而牛腹。谿壑可盈、是不可厭也。」晋叔向欲娶於巫臣氏、其母不欲、曰、「昔有仍氏生女、黰黒而甚美、光可以鑑物名曰玄妻。楽正后䕫娶之、生伯封、実有豕心、貪婪無厭、忿類無期、謂之封豕。有窮后羿滅之、䕫是以不祀。且三代之亡、皆是物也。汝何為哉?天有尤物、足以移人。苟非徳義、則必有禍。」叔向懼、乃止。
書き下し
此れ性霊の容止に存する者なり。〔范蠡曰く「越王の人と為り、長頸烏喙なり。与に患難を共にす可く、与に安楽を共にす可からず」と。尉繚曰く「秦王始皇は、隆準長目、鷙膺豺声、恩信少なく、虎狼の心あり。約に居れば易く人の下に出で、志を得れば亦た軽がるしく人を食らう。之と久しく遊ぶ可からず」と。叔魚生まる。其の母之を視て曰く「是れ虎目にして豕心、鳶肩にして牛腹なり。谿壑は盈たす可きも、是れ厭かす可からざるなり」と。晋の叔向、巫臣氏に娶らんと欲す。其の母欲せずして曰く「昔、有仍氏、女を生む。黰黒にして甚だ美なり、光は以て物を鑑る可し、名づけて玄妻と曰う。楽正后夔之を娶り、伯封を生む。実に豕心有り、貪婪にして厭く無く、忿類にして期無し、之を封豕と謂う。有窮の后羿之を滅ぼす、夔は是を以て祀られず。且つ三代の亡ぶるは、皆な是の物なり。汝何をか為さんや。天に尤物有り、以て人を移すに足る。苟くも徳義に非ずんば、則ち必ず禍有らん」と。叔向懼れて、乃ち止む。
現代語訳
これが生まれつきの心ばえが立ち居ふるまいにあらわれるということである。〔范蠡は言った。「越王の人柄は、首が長く口が烏のようだ。苦難をともにすることはできるが、安楽をともにすることはできない」。尉繚は言った。「秦王政は、鼻が高く目が長く、猛禽のような胸に豺のような声で、恩と信が少なく、虎狼の心がある。困窮していれば容易に人の下に出るが、志を得れば軽々しく人を食う。長く付き合ってはならない」。叔魚が生まれたとき、その母は見て言った。「これは虎の目に豚の心、鳶の肩に牛の腹だ。谷や谷底は満たせても、この子は飽かせることができない」。晋の叔向が巫臣氏の娘を娶ろうとした。その母は望まずに言った。「昔、有仍氏が女を生んだ。髪は黒く非常に美しく、その光で物が映るほどで、玄妻と呼ばれた。楽正の后夔がこれを娶り、伯封を生んだ。まことに豚の心があり、貪欲で飽くことがなく、怒りやすく際限がなく、これを封豕といった。有窮の后羿がこれを滅ぼし、夔はそのため祭られなくなった。しかも夏殷周三代が滅んだのも、みなこの類のものによる。おまえは何をしようというのか。天には人の心を移すほどの美しいものがある。徳と義によらなければ、必ず禍がある」。叔向は恐れて、思いとどまった。
解説
この章句が説くこと
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『長短経』察相夫れ命と相とは、猶お声と響きとのごときなり。声は幾に動き、響きは応に窮まる。必然の理なり。言を以て行を信ずるは宰予に之を失い、貌を以て性を度るは子羽に之を失うと云うと雖も、然れども伝に称す「憂い無くして戚めば、憂い必ず之に及ぶ。慶び無くして歓べば、楽しみ必ず之を還す」と。此れ心に先ず動く有りて神に先ず知る有れば、則ち色に先ず見わるる有り。故に扁鵲は桓公を見て、其の将に亡びんとするを知る。申叔は巫臣を見て、其の妻を竊むを知る。或いは馬を躍らせ珍を膳し、或いは飛びて肉を食らい、或いは早くは隷にして晩くは侯たり、或いは初めは刑せられ末には王たり。銅巌も以て生を飽かしむる無く、玉饌も餓死に終わる。則ち彼の表を度り骨を捫し、色を指し理を摘むこと、誣う可からざるなり。故に列すること云爾。
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『長短経』察相点精、上に近き者は、志意下劣の人なり。点睛、下に近き者は志意高尚の人なり。点精、裏に近き者は自ら収斂する人なり。点精、外に近き者は傲慢憨なる人なり。羊目にして直視するは能く妻子を殺す。豬目にして応澄なれば刑禍相い仍る。鷹視狼顧は常に嫉妬を懐く。螻目蛄心は得難し。夫れ指は繊穠にして鵞の如くならんことを欲す。皮の相連なる有る者は、性淳和の人なり。指頭方懟なる者は、事を見ること遅き人なり。妍美なる者は、囑授すれば人之を信ず。悪しき者は、人遵承せざるなり。〕
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『長短経』察相耳輪厚大、鼻準円実、乳頭端浄、頦頤深広厚大なる者は、忠信謹厚の人なり。〔脾は出でて肉と為り、肉は窮まりて孔と為り、又た耳輪、準・鼻梁・頦頤等を主り、意に蔵る。経に曰く、夫れ頭高大なる者は、性は自在にして人を凌ぐを好む。頭卑弊なる者は、性は人に随いて細砕なり。故に曰く、鹿頭側長なれば、志気雄強。兔頭蔑頡なれば、意志下劣。獺頭横闊なれば心意豁達。夫れ頸細くして曲がる者は、自ら樹立せざるの人なり。若し色斑駁或いは潔浄ならざる者は、性は宜しきに随いて堅固ならず。夫れ手の繊長なる者は、施捨を好む。短厚なる者は、取るを好む。捨つるは則ち庶幾く、取るは則ち貪惜す。故に曰く、手、鶏足の如くんば、意智褊促。手、猪蹄の如くんば、志意昏迷。手、猴掌の如くんば、勤劬伎倆。夫れ背の厚闊なる者は剛決の人なり、薄き者は怯弱の人なり。夫れ腹の端妍なる者は、才華の人なり。故に曰く、牛腹婪貪なれば、財物自ずから淹る。蝦蟇腹なる者は懶人なり。夫れ腰の端美なる者は、則ち楽しみて能く人に任ず。蜥蜴腰なる者は緩人なり。夫れ臀髀厚広なる者は、任ず可く安穏の人なり。夫れ蛇行する者は含毒の人なり、之と事を共にす可からず。鳥行蹌蹌たるは、性行不良なり、鳥鵲の行くに似るなり。鷹行は雄烈。豺狼行なる者は、性麤にして利を覓むる人なり。牛行は性直なり。馬行は猛烈の人なり。〕
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『長短経』察相魏の安釐王、子従に問いて曰く「馬回は梗梗亮直、大夫の節あり。吾れ相と為さんと欲す、可ならんか」と。答えて曰く「長目にして豕視なれば、則ち体は方にして心は円なり。毎に其の法を以て人を相るに、千百に一を失わず。臣、回を見るに其の体幹を偉とせざるに非ず。然れども甚だ其の目を疑う」と。平原君、秦の将白起を相して、趙王に謂いて曰く「武安君の人と為りや、頭にして下鋭く、瞳子は白黒分明、視瞻は転ぜず。小頭にして下鋭き者は、断じて敢えて行うなり。瞳子の白黒分明なる者は、事を見ること明らかなり。視瞻の転ぜざる者は、志を執ること強きなり。与に持久す可く、与に鋒を争い難し」と。王莽は大口蹷頤、露目赤睛、声大にして身長七尺五寸、膺を反らして仰ぎ視、左右を瞰臨す。或るひと言う、莽は所謂鴟目虎喙豺狼の声なり、故に人を噉食す、亦た当に人の殺す所と為るべしと。莽、後に漢の位を簒い、後に兵敗れて帰り、果たして殺されたるなり。〕
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『長短経』察相〔論じて曰く、堯の眉は八彩、舜の目は重瞳、禹の耳は四漏、文王は四乳。然らば則ち世人も亦た時に四乳なる者有り。此れ則ち駑馬の一毛の驥に似たるなり。日角月偃の奇、龍棲虎踞の美、地は静かに城垣に鎮まり、天は闢けて掌策に運り、金槌玉枕、磊落として相い望み、伏犀蓋を起こし、隠轔として交映するが若きは、井宅既に兼ね、倉匱已に実つ。斯れ乃ち卿相の明効なり。若し目深く頸長く、顔頽れ齃蹙まり、蛇行鷙立し、猳啄鳥咮にして、筋は体を束ねず、面に華色無く、手に春荑の柔無く、髪に寒蓬の悴有るは、是れ則ち窮乏の徴験なり。昔、姑布子卿、子貢に謂いて曰く「鄭の東門に一人有り、其の長は九尺六寸、河目にして隆顙、其の頭は堯に似、其の項は皋陶に似、其の肩は子産に似たり。然れども腰より以下は禹に及ばざること三寸、儽然として喪家の狗の若し」と。河目とは上下の匡にして長きを謂うなり。顙は額なり。漢高は隆準にして龍顔。準は鼻なり。顔は額顙なり。両角を龍角と為し、一角を犀角と為す。高祖の龍に似て両眉の顙骨高くして鼻上隆きを言うなり。魏の陳留王は下豊かに上兌く、堯図の表有り。陳の宣帝は頸縝にして、貌は恵からざるが若し。初め賤しき時、楊忠見て之を奇として曰く「此の人は虎頭なり、必ず当に大いに貴かるべし」と。後に皆な果たして然り。此れ貴賤の効なり。〕
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『長短経』察相春秋左氏伝に曰く「楚子、将に商臣を以て太子と為さんとし、諸を令尹子上に訪う。子上曰く『是の人や、蜂目豺声、忍人なり。立つ可からざるなり』と。聴かず。後に謀反し、宮甲を以て成王を囲み、之を縊る」と。又た曰く「楚の司馬子良、子越椒を生む。子文曰く『必ず之を殺せ。是の人や、熊虎の状にして豺狼の声あり。殺さずんば、必ず若敖氏を滅ぼさん。諺に曰く、狼子野心と。是れ乃ち狼なり、其れ畜う可けんや』と。子良は不可とす。後に果たして反し、楚王を攻め、鼓して進む。遂に若敖氏を滅ぼす」と。