長短経 / 察相
天中主貴、氣平滿者宜官祿也。〔天中最髙、近髪際、發黄色、上入正角、至髙廣、参駕遷刺史牧守。黄色如日月、在天中左右、侍天子也。黄色出天中、圓大光重者、暴見天子、有功受封經年及井竈、恒有黄氣、如懸鐘鼓、三公之相也。又發黄氣如龍形、亦受封也。四時官氣發天部、如鏡光者、暴貴相也。〕
新字:天中主貴、気平満者宜官禄也。〔天中最高、近髪際、発黄色、上入正角、至高広、参駕遷刺史牧守。黄色如日月、在天中左右、侍天子也。黄色出天中、円大光重者、暴見天子、有功受封経年及井竈、恒有黄気、如懸鐘鼓、三公之相也。又発黄気如竜形、亦受封也。四時官気発天部、如鏡光者、暴貴相也。〕
書き下し
天中は貴を主る。気平らかに満つる者は官禄に宜しきなり。〔天中は最も高く、髪際に近し。黄色を発し、上は正角に入り、高広に至れば、参駕して刺史牧守に遷る。黄色、日月の如く、天中の左右に在れば、天子に侍るなり。黄色、天中を出でて、円大光重なる者は、暴かに天子に見え、功有りて封を受く。年を経て井竈に及び、恒に黄気有りて、鐘鼓を懸くるが如きは、三公の相なり。又た黄気を発して龍形の如きも、亦た封を受くるなり。四時の官気、天部に発して、鏡光の如き者は、暴貴の相なり。〕
現代語訳
天中(額の最上部中央)は貴さをつかさどる。気が平らかに満ちている者は官職と俸禄に適している。〔天中は最も高く、髪の生え際に近い。ここに黄色が現れ、上は正角に入り、高広にまで至れば、車に陪乗して刺史や地方長官に昇進する。黄色が日月のようで天中の左右にあれば、天子の側近となる。黄色が天中から出て、円く大きく光が重い者は、にわかに天子に謁見し、功績によって領地を受ける。年を経て井竈にまで及び、常に黄気があって鐘や鼓を懸けたようであれば、三公の相である。また黄気が現れて龍の形のようであれば、これも領地を受ける。四季の官の気が額の部分に現れて、鏡の光のようである者は、にわかに貴くなる相である。〕
解説

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
関連する章句
-
『韓非子』八説第四十七明主の國は、官を遷し級を襲ね、官爵功を受く、故に貴臣有り。言行を度らずして僞有らば、必ず誅す、故に重臣無きなり。
-
『政談』官位爵祿の次第並に勳階頭助允目の事且又役人を年久しく役換をさせねは、述懐することなく、其の役に器量相応にて、能く役儀のことを取り捌く人を外の役に替ふることは惜きことなり、是によりて一役に久しく仕置きて役換を申付ぬ時、加增か官位この外仕方なし、是上より下へ賜はりて下たるものに、勇まする道具少き故人を使ふに行支なるなり、町奉行、盗賊奉行なとをする人、役儀を能く勤めて外の役に換へ措しけれと、加增も度々はやられす、是非なく大目付などに役換をさせて、外の人を後役に申付たるとき、幾人申付けても初め大目付に役換をさせたる人の如き人なからんとき、又其人を元役に返すこと後へ歩むことなれは申付け難し、是は譬なり、外の役儀にも箇様なることあるへし、此差支皆な一役一席に立てたるより起りたるなり、
-
『智囊』辯才・王守仁云う所の功を奏して職を升せんとするも、意も亦た此くの如し。夫れ寇盗を鏟除して以て平良を撫綏するは、亦た土を守る常職なり。今、縷挙して以て賞を要むれば、則ち朝廷平日の恩寵禄位、顧って将た何をか為さん。使君の参政と為るは、已に設官の旧に非ず。今又進むを干めて已まず、是れ抵極無きなり。衆は必ず堪えず。夫れ宣慰は、土を守るの官なり。故に世よ其の土地人民を有するを得。参政の若きは、則ち流官なり。東西南北、唯だ天子の使する所なり。朝廷、方尺の檄を下し、使君に一職を委ぬれば、或いは閩、或いは蜀、行かずんば、則ち命に方うの誅旋踵せずして至らん。若し檄を捧げて事に従わば、千百年の土地人民は、復た使君の有に非ず。此れに由りて言わば、今日の参政と雖も、使君は将に之を辞すること速やかならざるを恐る。又進むを求む可けんや」。後、驛竟に減ぜられず。〔評〕此の書、土官宜しく一通を写して座右に置くべし。
-
福沢諭吉小品集・旧藩情・第3段第一、下等士族は何等の功績あるも何等の才力を抱くも、決して上等の席に昇進するを許さず。稀に祐筆などより立身して小姓組に入たる例もなきに非ざれども、治世二百五十年の間、三、五名に過ぎず。故に下等士族は、その下等中の黜陟に心を関して昇進を求れども、上等に入るの念は、もとよりこれを断絶して、その趣は走獣あえて飛鳥の便利を企望せざる者のごとし。また前にいえるごとく、大臣と小姓組との身分は大に異なるがごとくなれども、小姓組が立身して用人となりし例は珍らしからず。大臣の二、三男が家を分てば必ず小姓組たるの法なれば、必竟大臣も小姓組も同一種の士族といわざるを得ず。 また下等の中小姓と足軽との間にも甚しき区別あれども、足軽が小役人に立身してまた中小姓と為るは甚だ易し。しかのみならず百姓が中間と為り、中間が小頭となり、小頭の子が小役人と為れば、すなわち下等士族中に恥かしからぬ地位を占むべし。また足軽は一般に上等士族に対して、下座とて、雨中、往来に行逢うとき下駄を脱いで路傍に平伏するの法あり。足軽以上小役人格の者にても、大臣に逢えば下座平伏を法とす。啻に大臣のみならず、上士の用人役たる者に対しても、同様の礼をなさざるを得ず。また下士が上士の家に行けば、次の間より挨拶して後に同間に入り、上士が下士の家に行けば、座敷まで刀を持ち込むを法とす。 また文通に竪様、美様、平様、殿付け等の区別ありて、決してこれを変ずべからず。また言葉の称呼に、長少の別なく子供までも、上士の者が下士に対して貴様といえば、下士は上士に向てあなたといい、来やれといえば御いでなさいといい、足軽が平士に対し、徒士が大臣に対しては、直にその名をいうを許さず、一様に旦那様と呼て、その交際は正しく主僕の間のごとし。また上士の家には玄関敷台を構えて、下士にはこれを許さず。上士は騎馬し、下士は徒歩し、上士には猪狩川狩の権を与えて、下士にはこれを許さず。しかのみならず文学は下士の分にあらずとて、表向の願を以て他国に遊学するを許さざりしこともあり。
-
『正法眼蔵随聞記』巻三一日示して云く、宋土の海門禅師、天童の長老たりし時、会下に元首座と云僧ありき、この人は得法悟道の人にて、行持長老にも超たり、有時夜る方丈に参じて、焼香礼拝して云く、請すらくは某甲に後堂首座を許せと、時に禅師流涕して云く、我れ小僧たりし時より、未た此の如きの事を聞かず、汝坐禅僧として首座長老を所望すること大ひなる錯なり、なんぢ既に悟道せること我れにも越いたり、然あるに首座を望むこと是れ昇進の為か、許すことは前堂をも乃至長老をも許すべし、その心操卑劣なり、誠に是を以て余の未悟の僧は推察せられたり、仏法の衰微せること是を以て知ぬべしと云ふて、流涕悲泣す、
-
『肝要工夫録』・昇進の手入れ是非ひらく、福壽草にも、手入かな。此句のごとく、同じ開く花も、手入によりて、早くも、又大輪にもひらく事なり。されども、室咲の花は、直に凋むの憂あり、唯だ水をかけ養ひをするの手入こそよけれ、人の昇進も、斯の如くにて、その勤むべき道を出精し、頭支配へも諂ふの意なく、深切にその理を以て尊敬するの類は、昇進を願ふものの手入か。賄賂を以て進まむと欲するの類は、室咲の花と同じく、直に凋み、身木も衰ふることとなり。俗人は昇進を願ふ心より、今日の行を大に愼むものなり。さらに靑雲氣なきものは、惡くあきらめ、筋さへ宜ければ何をしてもよき抔といふて、嫌疑もなく、終には人倫に背ける行も、仕出すものなり。さて又頭支配の恩を受け、昇進して、たとへ其人より高位に昇るとも、一旦恩を受けし人には、其恩をわすれず、生涯謝すべし。鳥獸すら、人の恩を知るものなり、しかるを、尊き人と生れ、恩を知らざるさへも、言語同斷なるに、まして俗にいへる、恩を仇にて報ふの類も少からず、何ぞ禽獸に恥ぢざらむや、淺ましき事なり。