長短経 / 察相
五官六府、〔五官者、口一、鼻二、耳三、目四、人中五。六府者、兩行上為二府、兩輔角為四府、兩顴衡上為六府。一官好、貴十年、一府好、富十年。五官六府皆好、富貴無已。左為文、右為武也。〕九州八極、〔九州者、額從左達右、無縱理、不敗絶、狀如覆肝者為善。八極者、登鼻而望、八方成形、不相傾者為良也。〕
新字:五官六府、〔五官者、口一、鼻二、耳三、目四、人中五。六府者、両行上為二府、両輔角為四府、両顴衡上為六府。一官好、貴十年、一府好、富十年。五官六府皆好、富貴無已。左為文、右為武也。〕九州八極、〔九州者、額従左達右、無縦理、不敗絶、状如覆肝者為善。八極者、登鼻而望、八方成形、不相傾者為良也。〕
書き下し
五官六府、〔五官とは、口一、鼻二、耳三、目四、人中五なり。六府とは、両行の上を二府と為し、両輔角を四府と為し、両顴衡の上を六府と為す。一官好ければ十年貴く、一府好ければ十年富む。五官六府皆な好ければ、富貴已む無し。左を文と為し、右を武と為すなり。〕九州八極、〔九州とは、額の左より右に達し、縦理無く、敗絶せず、状の覆肝の如き者を善しと為す。八極とは、鼻に登りて望み、八方形を成し、相い傾かざる者を良と為すなり。〕
現代語訳
五官と六府。〔五官とは、口が第一、鼻が第二、耳が第三、目が第四、人中が第五である。六府とは、両の眉の上を二府とし、両の額の角を四府とし、両の頬骨の上を六府とする。一つの官が良ければ十年貴く、一つの府が良ければ十年富む。五官六府がすべて良ければ、富貴は尽きない。左を文、右を武とする。〕九州と八極。〔九州とは、額の左から右まで、縦の筋がなく、途切れず、形が伏せた肝のようである者を良しとする。八極とは、鼻を頂点として見渡し、八方が形をなし、互いに傾いていない者を良しとする。〕
解説
顔の各部を官職と地理に割りつける分類が続きます。一つの官が良ければ十年貴い、という言い方が具体的で、この体系が実務の占断に使われていたことを示します。左を文、右を武とする配当も、当時の朝廷の座次に対応しています。人相学は独立した神秘思想というより、当時の統治の枠組みをそのまま顔に投影したものだったことが見て取れます。
この章句が説くこと
察相五官六府九州八極人相分類格付け
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