長短経 / 知人
夫聖賢之所美、莫美乎聰明、聰明之所貴、莫貴乎知人。知人識智、則衆材得其序、而庶績之業興矣。〔又曰、夫天下之人不可盡與遊處。何以知之?故觀其一隅、則終朝足以識之、將究其詳、必三日而後足。何謂三日而後足?夫國體之人、兼有三材、故談不三日、不足以盡之。一以論道徳、二以論法制、三以論䇿術。然後乃能竭其所長、而舉之不疑。然則何以知其兼偏而與之言乎?其為人務以流數、抒人之所長、而為之名目。如是者、謂兼也、好陳己善、欲人稱之、不欲知人之所有。如是者、謂偏也。〕
新字:夫聖賢之所美、莫美乎聰明、聰明之所貴、莫貴乎知人。知人識智、則衆材得其序、而庶績之業興矣。〔又曰、夫天下之人不可尽与遊処。何以知之?故観其一隅、則終朝足以識之、将究其詳、必三日而後足。何謂三日而後足?夫国体之人、兼有三材、故談不三日、不足以尽之。一以論道徳、二以論法制、三以論策術。然後乃能竭其所長、而舉之不疑。然則何以知其兼偏而与之言乎?其為人務以流数、抒人之所長、而為之名目。如是者、謂兼也、好陳己善、欲人称之、不欲知人之所有。如是者、謂偏也。〕
書き下し
夫れ聖賢の美とする所は、聡明より美なるは莫し。聡明の貴ぶ所は、人を知るより貴きは莫し。人を知り智を識れば、則ち衆材は其の序を得て、庶績の業興る。〔又た曰く、夫れ天下の人は尽く与に遊処す可からず。何を以て之を知る。故に其の一隅を観れば、則ち終朝にして以て之を識るに足る。将に其の詳を究めんとせば、必ず三日にして後に足る。何ぞ三日にして後に足ると謂う。夫れ国体の人は三材を兼ね有す。故に談ずること三日ならざれば、以て之を尽くすに足らず。一に以て道徳を論じ、二に以て法制を論じ、三に以て策術を論ず。然る後に乃ち能く其の長ずる所を竭くして、之を挙ぐるに疑わず。然らば則ち何を以て其の兼偏を知りて之と言わんや。其の人と為り、流数を以て人の長ずる所を抒べて之が名目を為すを務む。是くの如き者は兼と謂う。好みて己の善を陳べ、人の之を称するを欲して、人の有する所を知るを欲せず。是くの如き者は偏と謂う。〕
現代語訳
そもそも聖賢が美とするもので、聡明さより美しいものはない。聡明さが貴ぶもので、人を知ることより貴いものはない。人を知り知恵を見分ければ、多くの材はそれぞれの序列を得て、あらゆる業績が興る。〔またこうも言う。天下の人すべてと交際することはできない。ではどうやって知るのか。その一隅を見れば、一朝のうちに見分けるには足りる。詳しく究めようとすれば、必ず三日かかる。なぜ三日で足りるというのか。国体の人は三つの材を兼ね備えている。だから語り合うことが三日に及ばなければ、尽くすに足りない。一日目に道徳を論じ、二日目に法制を論じ、三日目に策術を論じる。そうしてはじめてその長所を出し尽くさせ、迷わず登用できる。では、その人が兼備か偏りかを、どうやって知って語り合うのか。その人柄が、いろいろな筋道で相手の長所を述べ、それに名前を付けようと努める。こういう者を兼という。自分の良いところを並べるのを好み、人に褒めてほしがり、相手が何を持っているかを知ろうとしない。こういう者を偏という。〕
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『長短経』知人故に人物志に曰く「清節の人は、正直を以て度と為す。故に其の衆材を歴るや、能く性行の常を識るも、或いは法術の詭を疑う。術謨の人は、思謀を以て度と為す。故に能く策略の奇を識るも、或いは遵法の良を失す。伎倆の人は、功を邀うるを以て度と為す。故に能く進趨の功を識るも、道徳の化に通ぜず。言語の人は、弁折を以て度と為す。故に能く捷給の慧を識るも、含章の美を知らず。是を以て互いに相非駁して、肯えて相是とせず。凡そ此の類は、皆な一流と謂う。故に一流の人は能く一流の善を識り、二流の人は能く二流の美を識る。尽く諸流有らば、則ち亦た能く衆材に兼達せん」と。又た曰く「夫れ名を務むる者は己の後に出づる能わず。是の故に、性同じくして材傾けば、則ち相援けて相頼る。性同じくして勢均しければ、則ち相競いて相害す。此れ又た同体の変なり、察せざる可からず」と。〕
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『長短経』知人経に曰く「任寵の人は、其の驕奢ならざるを観る。〔太公曰く、之を富ませて驕奢ならざる者は義なり。〕疏廃の人は、其の背越せざるを観る。栄顕の人は、其の矜誇せざるを観る。隠約の人は、其の懾懼せざるを観る。少き者は、其の恭敬好学にして能く悌なるを観る。〔人物志に曰く「夫れ幼智の人は、童齓に在りて皆な端緒有り。故に文は辞繁に本づき、弁は口に給するに始まり、仁は慈恤に出で、施は過与に発し、慎は畏懼に生じ、廉は取らざるに起こる者なり」と。〕壮なる者は、其の廉潔にして行いを務め其の私に勝つを観る。老いたる者は、其の思慎み、其の足らざる所を強めて踰えざるを観る。父子の間は、其の慈孝を観る。兄弟の間は、其の和友を観る。郷党の間は、其の信義を観る。君臣の間は、其の忠恵を観る」と。〔太公曰く、之に付して転ぜざる者は忠なり。〕此れ之を観誠と謂う。
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『長短経』知人〔人物志に曰く「軽諾は烈に似て信寡なく、多易は能に似て効無く、進鋭は精に似て去ること速やかに、訶する者は察に似て事煩わしく、施しを許すは恵に似て終わり無く、面従は忠に似て退けば違う。此れ是に似て非なる者なり。亦た非に似て是なる者有り。大権は姦に似て功有り、大智は愚に似て内は明らかに、博愛は虚に似て実は厚く、正言は訐に似て情は忠なり。天下の至精に非ずんば、孰か能く其の実を得んや」と。〕
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『長短経』知人荘子に曰く「遠く之を使わして其の忠を観る。〔又た曰く、遠く之を使わして以て其の二ならざるを観る。〕近く之を使わして其の敬を観る。〔又た曰く、之に近づくに昵を以てして、其の狎れざるを観る。〕煩わしく之を使わして其の能を観る。〔又た曰く、之を煩わすに事を以てし、以て其の理むるを観る。〕卒然として焉に問いて其の智を観る。〔又た曰く、之に設くるに謀を以てし、以て其の智を観る。太公曰く、之に事えて窮まらざる者は謀なり。〕急に之と期して其の信を観る。〔太公曰く、之を使いて隠さざる者、信と謂うなり。〕之を雑うるに処を以てして其の色を観る」と。〔又た曰く、之を縦にするに視を以てし、其の変ずる無きを観る。〕
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『長短経』知人五質は恒性なり、故に之を五常と謂う。故に曰く、直にして柔ならざれば則ち木。〔木強にして徼訐、其の正色を失う。〕勁にして精ならざれば則ち力。〔鼎を負い髕を絶つ、其の正勁を失う。〕固くして端ならざれば則ち愚。〔己を恵み自ら是とし、愚戇に陥る。〕気あって清からざれば則ち越。〔辞は清順ならず、発越して成る無し。〕暢にして平らかならざれば則ち蕩。〔智を好みて涯無く、蕩然として己を失う。〕
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人物志・自序夫れ聖賢の美とする所、聰明より美なるは莫く、聰明の貴ぶ所、知人より貴きは莫し。