長短経 / 知人
〔《人物志》曰、「夫精欲深微、質欲懿重、志欲𢎞大、心欲謙小。精微所以入神妙也、懿重所以崇徳守也、志大所以堪物任也、小心所以慎咎悔也。故《詩》詠文王、『小心翼翼』、不大聲以色、心小也、『王赫斯怒』、以對于天下、志大也。由此論之、心小志大者、聖賢之倫也、心大志大者、豪傑之儁也、心大志小者、傲蕩之類也、心小志小者、拘懦之人也。」〕
新字:〔《人物志》曰、「夫精欲深微、質欲懿重、志欲弘大、心欲謙小。精微所以入神妙也、懿重所以崇徳守也、志大所以堪物任也、小心所以慎咎悔也。故《詩》詠文王、『小心翼翼』、不大声以色、心小也、『王赫斯怒』、以対于天下、志大也。由此論之、心小志大者、聖賢之倫也、心大志大者、豪傑之儁也、心大志小者、傲蕩之類也、心小志小者、拘懦之人也。」〕
書き下し
〔人物志に曰く「夫れ精は深微ならんことを欲し、質は懿重ならんことを欲し、志は弘大ならんことを欲し、心は謙小ならんことを欲す。精微は神妙に入る所以なり。懿重は徳守を崇くする所以なり。志大は物任に堪うる所以なり。小心は咎悔を慎む所以なり。故に詩は文王を詠じて『小心翼翼』と、声色を大にせざるは心の小なればなり。『王赫として斯に怒る』と、以て天下に対するは志の大なればなり。此れに由りて之を論ずれば、心小にして志大なる者は聖賢の倫なり。心大にして志大なる者は豪傑の儁なり。心大にして志小なる者は傲蕩の類なり。心小にして志小なる者は拘懦の人なり」と。〕
現代語訳
〔人物志にこうある。「精は深く微細であることを求め、質は美しく重厚であることを求め、志は広く大きいことを求め、心は謙虚で小さいことを求める。精が微細であるのは神妙の域に入るためである。質が重厚であるのは徳の守りを高くするためである。志が大きいのは重い任に堪えるためである。心が小さいのは咎めと悔いを慎むためである。だから詩経は文王を詠んで『小心翼翼』という。声や顔色を大きくしないのは心が小さいからである。『王は赫として怒った』という。天下に対するのは志が大きいからである。これによって論じれば、心が小さく志が大きい者は聖賢の類である。心が大きく志も大きい者は豪傑の優れた者である。心が大きく志が小さい者は傲慢で放埓な類である。心が小さく志も小さい者は融通のきかない臆病者である」。〕
解説

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