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長短経 / 知人

若屏言而勿顧、自私而不䕶非是而强之、是誣嫉人也。〔議曰、劉備以客見諸葛亮而賢之、亮曰、「觀客色動而神懼、視低而忤數。奸形外露、邪心内藏。必曹氏刺客。」後果然。夫姦人容止、大扺如是。何晏、夏侯𤣥、鄧颺等、求交於傅嘏而不納也。或怪而問之、嘏曰、太初志大、其量能合虗聲而無實才、何平叔言逺而情近、好辯而無誠、所謂利口覆國之人也、鄧𤣥茂有為而無終、外要名利、内無關鑰、貴同而惡異、多言而妒前。多言多敗釁、妒前而無親以吾觀此三人、皆敗徳也。逺之猶恐禍及、況昵之乎?」後皆如嘏言。夫妒者之行、有如此也〕此之謂考志。

新字:若屏言而勿顧、自私而不䕶非是而強之、是誣嫉人也。〔議曰、劉備以客見諸葛亮而賢之、亮曰、「観客色動而神懼、視低而忤数。奸形外露、邪心内蔵。必曹氏刺客。」後果然。夫姦人容止、大扺如是。何晏、夏侯玄、鄧颺等、求交於傅嘏而不納也。或怪而問之、嘏曰、太初志大、其量能合虚声而無実才、何平叔言遠而情近、好弁而無誠、所謂利口覆国之人也、鄧玄茂有為而無終、外要名利、内無関鑰、貴同而悪異、多言而妒前。多言多敗釁、妒前而無親以吾観此三人、皆敗徳也。遠之猶恐禍及、況昵之乎?」後皆如嘏言。夫妒者之行、有如此也〕此之謂考志。

書き下し

若し言を屏けて顧みず、自ら私して護らず、非是にして之を強うるは、是れ誣嫉の人なり。〔議に曰く、劉備、客を以て諸葛亮に見えしめて之を賢とす。亮曰く「客を観るに色は動きて神は懼れ、視は低くして忤うこと数なり。奸形外に露われ、邪心内に蔵る。必ず曹氏の刺客ならん」と。後に果たして然り。夫れ姦人の容止、大抵是くの如し。何晏・夏侯玄・鄧颺等、交わりを傅嘏に求めて納れられず。或るひと怪しみて之を問う。嘏曰く「太初は志大にして、其の量は能く虚声を合わせて実才無し。何平叔は言遠くして情近く、弁を好みて誠無し。所謂利口国を覆すの人なり。鄧玄茂は為す有りて終わり無く、外は名利を要め、内は関鑰無く、同を貴びて異を悪み、多言にして前を妬む。多言は敗釁多く、前を妬めば親しむ無し。吾れ此の三人を観るに、皆な敗徳なり。之を遠ざくるすら猶お禍の及ぶを恐る。況んや之に昵づくをや」と。後に皆な嘏の言の如し。夫れ妬む者の行い、此くの如き有るなり。〕此れ之を考志と謂う。

現代語訳

もし人の言葉を退けて顧みず、自分勝手でかばうこともせず、間違っているのにそれを押し通す者、これは人を誣い妬む人である。〔議していう。劉備がある客を諸葛亮に会わせ、その客を賢者だと言った。諸葛亮は言った。「客を見るに、顔色は動いて精神はおびえ、視線は低く、たびたび逆らう。奸悪の形が外に露われ、邪心が内に隠れている。きっと曹氏の刺客だろう」。のちに果たしてそのとおりだった。姦人のふるまいは、おおよそこのようである。何晏・夏侯玄・鄧颺らが傅嘏と交わろうとしたが受け入れられなかった。ある人が不思議に思って尋ねた。傅嘏は言った。「夏侯太初は志が大きいが、その器量はうわべの評判を集めるだけで実才がない。何平叔は言葉が遠大だが心は目先にあり、弁論を好んで誠がない。いわゆる口達者が国を覆すという類の人だ。鄧玄茂は始めるが終わらせず、外では名利を求め、内には歯止めがなく、同調を貴び異論を憎み、多弁で先んじる者を妬む。多弁は失点が多く、先を行く者を妬めば親しむ者がない。私がこの三人を見るに、みな徳を損なった者である。遠ざけていても禍が及ぶのを恐れるほどだ。まして近づくなど」。のちにみな傅嘏の言ったとおりになった。妬む者の行いには、このようなものがある。〕これを考志という。

解説

諸葛亮が客を一目で刺客と見破った話と、傅嘏が三人の名士を断った話が並びます。傅嘏の評が精密で、三人それぞれについて、志と器量、言葉と心、始めと終わりという別の軸で欠落を指摘します。とくに鄧颺への評、同調を貴び異論を憎み、多弁で先を行く者を妬む、という三点は今もそのまま使えます。多言は失点を増やし、妬みは味方を減らす。この二つが重なった人には近づくな、という判断です。

この章句が説くこと

人物鑑識考志諸葛亮傅嘏何晏妬み

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