長短経 / 知人
夫人有氣。氣也者、謂誠在其中、必見諸外。故心氣麤厲者、其聲沈散、心氣詳慎者、其聲和節、心氣鄙戾者、其聲麤獷、心氣寛柔者、其聲溫潤。信氣中易、義氣時舒、和氣簡略、勇氣壯立。此之謂聽氣。〔以其聲、處其實。氣生物、物生有聲。聲有剛柔清濁、咸發乎聲。聽其聲、察其氣、考其所為、皆可知矣。〕
新字:夫人有気。気也者、謂誠在其中、必見諸外。故心気麤厲者、其声沈散、心気詳慎者、其声和節、心気鄙戻者、其声麤獷、心気寛柔者、其声温潤。信気中易、義気時舒、和気簡略、勇気壮立。此之謂聴気。〔以其声、処其実。気生物、物生有声。声有剛柔清濁、咸発乎声。聴其声、察其気、考其所為、皆可知矣。〕
書き下し
夫れ人に気有り。気なる者は、誠は其の中に在れば必ず諸を外に見わすを謂うなり。故に心気麤厲なる者は、其の声沈散す。心気詳慎なる者は、其の声和節なり。心気鄙戻なる者は、其の声麤獷なり。心気寛柔なる者は、其の声温潤なり。信気は中に易く、義気は時に舒び、和気は簡略、勇気は壮立す。此れ之を聴気と謂う。〔其の声を以て、其の実を処る。気は物を生じ、物生じて声有り。声に剛柔清濁有り、咸な声に発す。其の声を聴き、其の気を察し、其の為す所を考うれば、皆な知る可し。〕
現代語訳
そもそも人には気がある。気とは、まことが内にあれば必ず外に現れる、ということである。だから心気が荒く厳しい者は、その声が沈んで散らばる。心気が詳しく慎重な者は、その声が和やかで節度がある。心気が卑しくねじれている者は、その声が荒々しい。心気が寛やかで柔らかい者は、その声が温かく潤っている。信の気は内で平らかであり、義の気は時に応じて伸び、和の気は簡素で、勇の気は壮んに立つ。これを聴気という。〔その声によって、その実質を判断する。気が物を生み、物が生じれば声がある。声には剛柔清濁があり、みな声に現れる。その声を聴き、その気を察し、その行いを考え合わせれば、すべて知ることができる。〕
解説
声から人を測るという章です。荒い人の声は沈んで散り、慎重な人の声は和やかで節度がある。内容ではなく声そのものを聴けという指示で、これは今でも有効です。電話やオンライン会議では、言葉の内容より先に声の質が届きます。割注が最後に、声を聴き、気を察し、そのうえで行いを考え合わせよ、と釘を刺しているのを見落とさないでおきたい。声だけで決めるなとちゃんと書いてあります。
この章句が説くこと
人物鑑識聴気声心気観察内外
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